第二十四章 霊媒師 水渦の選択

46/61
前へ
/2550ページ
次へ
「本橋さん!」 慌てた声は大きくて、愛華さんはすぐさま駆けて寄ろうとしたが、本人がそれを止め、 「話はまだ終わってねぇ」 と打たれた頬を押さえもせずに、水渦(みうず)さんに向き直る。 水渦(みうず)さんは怒りの顔で泣いていた。 本橋さんを打ったその手は蒼い火花がバチバチしてて、生者相手に無意識に、霊力(ちから)を放出させたみたいだ。 マズイな……水渦(みうず)さん、相当怒ってるよ。 今にも霊矢を撃ち込みそう。 たが、ここで幸いしてるのは、本橋さんが生きているという事だ。 彼女の霊矢は霊にこそ威力があるけど、生者なら撃たれたって静電気と変わらない。 せいぜいバチッと痛みが走る、その程度で終わるだろう。 それよりも心配なのは、水渦(みうず)さんの負の感情だ。 大事な姉に害を成す、本橋さんは彼女の中で敵と判断したようだ。 「貴方……自分が何を言ってるのか分かっているのですか?」 地を這うような低い声。 言葉こそ丁寧だが、たぎるような怒りの色が濃く伺える。 それに対して本橋さんは「……ああ、」と短く言葉を発し、額にはびっしり汗を浮かべてた。 「仕事や住まいを失ったのは同情します。ですが、仕事を探しもしないで、安易にもギャンブルに手を出した。そのせいで生活が成り立たず困窮した、……貴方の話の一体どこに姉の落ち度があるのでしょう。落ち度のない姉を脅してお金を引き出そうとしたなんて、よく恥もなく言えたものです。貴方、最低ですね、反吐が出ます……!」 ギッと睨んで吐き捨てる、いつもの彼女のキツイ口調だ。 ああ……戻ってしまった……腐敗の臭いは一層濃度を増している。 「ああ、最低だ。言い訳出来ねぇ。俺が愛華を脅したのは事実だからな」 「認めるのですね。脅しだなんて、それは立派な犯罪です。そんな事をしておいて、よくも姉と結婚するなど言えたものです。私は絶対に認めませんから」 怒りと侮蔑と、それに伴う腐敗臭。 汚いモノでも見るような、そんな目をして本橋さんを凝視する。 愛華さんは泣いてしまって、「みぃちゃん待って、お姉ちゃんの話を聞いて」と妹に訴えかけたが、またもやそれを本橋さんが止めたんだ。 「愛華、待ってくれ。それと……(わり)いな……せっかく妹と会えたってのに、俺のせいで嫌な空気にしちまった。でもな、……ウソ、つきたくなかったんだ。水渦(みうず)さんは愛華の大事な妹だから、テメェの都合の悪いトコだけ、隠して偽って、そんなの……騙すみてぇでイヤだったんだ。本当は……なんでもかんでも話せば良いってモンじゃねぇんだろう、言わない方が良い事もあるんだろう、でも、でもよ、俺だったら黙っていられる方が嫌だ。どんな話でも構わねぇ、隠さないで全部話してほしいんだ、……そう思ってよ、」 頭を雑にガリガリ掻いて、悲しそうな顔をして、本橋さんはそう言った。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2370人が本棚に入れています
本棚に追加