第二十四章 霊媒師 水渦の選択

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本橋さんは荒く息を吐きながら「すまねぇ、ちょっとだけ待ってくれ」そう言って、愛華さんから渡されたタオルを顔に押し当てた。 結局……脅しは未遂で終わったんだな。 もちろん、未遂だからと許される訳じゃない、……決してそうじゃないんだけど、……ないんだけどさ。 自分の事を ”ロクデナシ” と言う本橋さんに、愛華さんはお水を渡して背中をさすってあげている。 心配そうな顔をして、両目を真っ赤にさせながら。 水渦(みうず)さんは、そんな2人をなんとも言えない顔で見つめていた。 …… ………… それから……少し落ち着いた本橋さんが語った事。 それはこうだった。 再会した日。 愛華はメシを食わせてくれただけじゃなく、俺を【ラブフラワー】の厨房として雇ってくれたんだ。 住む所もねぇからって、社員寮だと冗談めかして愛華のマンションにも住まわせてくれてな。 あの時はあれよあれよと急展開でバタバタで驚いて、でも……ホッとした。 もう公園で寝泊まりしなくていいんだ、近所の住人に通報される事も、おっかなそうな若い奴らに追い回される事もない、屋根のある部屋で安心して眠れるんだって。 もちろん、愛華には感謝した。 でも素直には言えなかった。 店を持った愛華に比べて俺はあまりに惨めでよ。 ツマラナイ見栄がじゃまをして、きちんとお礼も言わないで、曖昧なまま厨房として働きだしたんだ。 働くは良いが、俺はそれまで料理なんかした事ないから、愛華に一から教わって、作業台にレシピを広げて毎日毎日必死で包丁握ってた。 最初の頃は、なんとか形にするだけで精一杯だったけど……それでも、料理を出せばお客さんに ”ありがとう”、”うまかった” って言ってもらえて、俺なんかが作った物に金を払ってくれるのかって……それが本当に嬉しかったんだ。 俺……そういうの初めてだ。 営業をしてた時も工場にいた時も、必死に仕事をするって感じじゃなかった。 生活の為に、……まぁ、みんなそうなんだろうけど、俺は特に頑張ってるフリをするだけ、時間内だけこなすだけで、必死になって努力するなんてなかったんだ。 そんなんだから大して評価もされないし、テキトウにやってた俺はそれなりの扱いしかされねぇ。 なのに……そういうのに気づきもしねぇで、運が悪かった、会社が悪い、世の中が悪い、俺だけが不幸だとクダ巻いて、ホームレスになって、なけなしの生活費をパチンコに突っ込んで、挙句の果てには愛華を脅迫だ。 ぜんぶ俺が間違ってた、俺の努力が足りなかった、俺が身勝手過ぎたんだ。 今更ながら気がついて、自分が恥ずかしくて自己嫌悪に陥った、……けど、けどな、気づけて良かったとも思うんだ。 気づけないまま年だけとって、愛華やまわりにもっと迷惑をかける……なんて事はしたくねぇ。 これもぜんぶ愛華が気づかせてくれたんだ。 見捨てずに、責めもしねぇで優しさだけをたくさんくれた。 温かいメシを食わせてくれて、料理を教えてくれて、厨房に立たせてくれて、失敗しても笑い飛ばして……こんなロクデナシを救ってくれたんだ。 愛華は俺の恩人だ。 愛華は俺の大事な女だ。 だから……だからよ、その愛華の大事な妹なら、俺にとっても大事な人で、その大事な人にカケラだって嘘はつきたくねぇんだよ。 俺はばかだけど、こんな事を話したら心配させるし怒らせる事も分かってる。 黙っていれば揉めなくて済むのかもしれねぇ。 だけどもし、後からそれが分かってしまったら、もっともっと嫌な思いをさせる。 どうしてもそれが嫌だった。 だったら最初から話して、これからの俺を信じてもらう努力をしたかったんだ。
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