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落ち込む僕に気が付いたのか、水渦さんは身体ごとこっちに向けてこう言った。
「はぁぁ……またどうせ、“ごめん” などと思ってるんじゃないですか? 気にしなくて良いんです。だって、岡村さんは知らなかったし、私が好きでしていた事です。……これからは、地図を見なくても姉本人と会えるのだし、休日出勤も程々にします。……ん、でも先代が困っていたら飛んで行くかもしれませんが」
目尻を下げてにこやかに、僕を見たあとオルゴールに目を落とし、しばらく眺めてもう一度僕を見た。
「あと食事の件ですが、これももう大丈夫です。バランス良く食べる、ですよね。昔、よく姉も同じ事を言っていました。これからはちゃんとした物を食べるつもりです。そうでないと姉に叱られます。大丈夫ですよ、交代で作りますから。私と、姉と、それから…………ハシさんの3人で」
え……?
今……最後がよく聞こえなかったけど、でも、“……ハシさん” って“モトハシさん” って言ったんじゃないのかな。
水渦さん、本橋さんを受け入れようとしてるんだ。
不意打ちにすぐに言葉が出てこなくって、僕が数瞬まごついてると、水渦さんはサッと立って伸びをした。
「んーーーーーー………………はぁっ、今日は色んな事が有りました。明日の有給、取っておいて良かったです。岡村さん……あのね、色々と……とてもたくさん……本当に……本当にありがとうございました」
ガバッと腰から頭を下げて、水渦さんはそのまましばらく動かなかった。
「ちょちょちょっ! なに改まってるの、やめてよ!」
らしくないにも程がある……なんて、失礼なコトを考えながら、慌てて頭を上げさせた時、彼女と僕は至近距離で目が合った。
「「…………あ、」」
声が重なりしばしの沈黙、……の後。
さっきと同じ。
水渦さんは力の抜けた子供みたいな笑顔になって「帰ろっか」と言ったんだ。
「え……、う……うん、帰ろっか」
驚いちゃって、なんとかこう答えたけれど……なんだコレ。
僕の心臓が騒いでる……な……なんで?
足取り軽く歩き出した水渦さんは、大福にも「帰ろう」と声をかけ、お姫はテチテチ彼女の隣を歩き出す。
僕は1人とイチニャンの、丸い背中をしばらく眺め、
「や、ちょ、だから送る意味! んも、置いてかないでー!」
困ったフリして追いかけた。
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