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◆
「残念でしたね」
“虹の橋のふもと”の役人は心底同情した顔で私を見ていた。
「いいえ……いいんです。私が死んだ時、お姉ちゃんは死んじゃうんじゃないかってくらい泣いてました。長い人生です。あのまま泣いて暮らすより笑って生きてほしかった」
「だからって、ねぇ……」
「気を使わないでください。きっと……私が死んだ後、あの白いハムスターがお姉ちゃんの心を慰めたんです。死んだ私には出来なかった事を……あの子がしてくれたんです」
私はあんなに仲が良かったネズミっ子を”小雪”と呼ぶ事がどうしてもできなかった。
だからあえて”ハムスター”と呼ぶ。
「まぁ、でもね、小雪さんの飼い主さんだって決してあなたを忘れた訳じゃないと思うんですよ、彼女は享年63才。しかも亡くなる数年前から痴呆の症状も出ていました。それでもうわ言のように『小雪、小雪、』って言っていたもんだから、家族があまり手のかからないハムスターを連れてきたんです。きっと痴呆でなければ小雪さんの事、忘れたりしなかったでしょうね」
でも、ハムスターの事は覚えていた____
そう吐き出したいのを喉元で押さえつけ私は沈黙した。
“好き”と”嫌い”だけしかなかったあの頃なら、こんなに苦しくならずにすんだのだろうか?
今の私は濁った感情が渦巻いている。
先に死んでしまって”悔しい”、こんなに待ったのに忘れられて”悲しい”、白いネズミっ子が”羨ましい”。
あぁ、なんで私は人の言葉が理解できるようになってしまったんだろう?
なんでたくさんの感情が生まれてしまったんだろう?
なんでお姉ちゃんは私を忘れてしまったんだろう?
でも……もしもここで私が選ばれていたら、あの小さく頼りないハムスターはどうなってしまっただろう?
私のように苦しみ絶望したのだろうか……?
それはあまりにかわいそうだ。
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