第八章 霊媒師と大福ー2

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ふう。 走ったのと怒ったのとで喉が渇いた。 “虹の橋のふもと”であれば、小川に流れる清らかな水がいつだって飲めたのだが、ここはどうだろう? ん?ん?ん? スンスンスンスン…… 匂うわ。 清らかな水の匂いだ。 私は東京都F市の神社の敷地内で、確かに感じる清らかな水の匂いに惹かれるままに歩き出した。 にしても、久しぶりに外に出たわ。 お姉ちゃんに保護される前、幼子だった私が路上生活を送っていたのは、ひぃふぃみぃ……56年も前の話。 保護されてからの私は完全室内飼いの箱入り娘。 外は車もカラスもいて危険だからと、決して外出は許されなかった。 そのかわりに家の中はどこでも自由に行き来ができたし、オモチャもタワーもおやつもダンボールもたくさんあって、家の中すべてが私の縄張りだった。 私は窓から不審者がいないか定期的に監視をし、一部屋一部屋すべてのパトロールをして過ごす。 そんな生活に不満はなかった。 むしろ外に出て危険な目に遭うよりは、狭いながらも自分の縄張りをしっかり守る事の方が価値があると思っていたからだ。 お姉ちゃんのお母さんは、いわゆるテレビっ子というものだったのだと思う。 専業主婦だったお母さんは、家事をしてるしてないにかかわらずテレビは常につけたまま。 私はソファの定位置に座り、それをよく眺めていた。 だから、完全室内飼いの私でも外の世界がどういうものなのかというのは多少わかっているつもりだ。 陽の高さから見てまだ午前中、そしてこの規模の神社であるのに参拝者がまばらで閑散としているのは、きっと今日が平日だからではないだろうか? まばらとはいえ人はいる。 が、しかし、猫であり、ましてや幽体である私が人に気付かれる事はない。 誰もかれも私の横を、もしくは私の身体をすり抜けて去っていく。 当たり前といえばそうなのだが、ほんの少し恐く感じる。 “虹の橋のふもと”ではたくさんの動物達と一緒にすごしてきた。 はしゃぐ事こそなかったが、お互いの毛繕いをしたり、頬を擦り合わせたりと、優しい接触でお互いの存在を認識し合っていた、が、今の私は孤独だ……。
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