第九章 霊媒師 弥生ー1

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僕は自分の不注意で大福に痛い思いをさせてしまった事でパニックになっていた。 だってそうだろう? 僕は大福を一生大事にするって誓ったのに、なのに自分のせいでこんな事になってってしまったのだ。 会社の結界。 これをすっかり忘れて、幽霊である大福に中に入るように促したのは僕だ。 建物に絡まる蔦だって目にしていたのに、先週の座学で死者を弾く結界だって聞いていたのに、僕の間抜けさが大福にしなくていい辛い思いをさせてしまった。 う……うぅ……どうしたらいいんだ……取り返しのつかない事をしてしまった。 僕は腕の中でいまだ目を覚まさない大福の頭を撫で続けていた。 と、その時。 頭上からタバコの匂いがただよってきた。 誰だ? 社長はあんな顔してタバコは吸わない。 先代にいたっては幽霊だだし、僕も当然非喫煙者だ。 「弥生っ! おまえタバコ吸うなよっ!」 社長の声がした。 「うっさいわねー、アンタが社内禁煙にしちゃったから、外で吸うしかないのっ! 歩きタバコしてる訳じゃないんだし、会社敷地内よ? 固い事言うなっつの!」 競り? ____旨いよ旨いよマグロが旨いよ、 頭上から聞こえてくる社長でも先代でもない声。 実際に”マグロが旨いよ”とは言ってないのだけど、そのしゃがれて抑揚のある力強い声はテレビでしか見た事はないけど魚市場の競りのイメージだ。 誰だ? いや、うん、社長はたしか”弥生”って言っていたような。 僕は大福を抱いたまま後ろを振り返る、と。 「あーっ! もしかしてウチの会社の期待の新人! あなたがエイミーちゃん? アタシが飛ばしちゃった現場に入ってくれたんでしょ? ありがとねっ! アタシは大倉弥生、霊媒師歴10年の28才よ。よろしく!」 「嘘つくなっ! 38だろうが!」 「うっさいわ! 誠、アンタ細かいよ! 女の年は申告制って法が変わったんだよ!」 「そんな法律あるわけねぇだろ! 10もサバ読んで細けぇもクソもねぇわ! それに……! また明け方まで酒飲んでたんだろ!? 酒クセェわタバコクセェわ声は酒焼けでしゃがれてるわ、ホントn」 「黙れ、ハゲ! 酒飲んでなにが悪い! こちとら盛り上がってたのを振り切って出社したんだからな! しかも遅刻もしてない! ここは褒めろ! で、エイミーちゃんはなんで猫抱いて泣いてるのかな? その猫、霊だよね? エイミーちゃんの式神?」 普段は突っ込む不毛な会話に絡む事無く答えた。
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