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振り返ると霊は笑っていなかった。
耳まで裂けた口をへの字の曲げて、涙目で顎に梅干しジワを作っている。
あぁ、もしかしたら、さっきの目玉グルングルンは彼女にとって自信の怖がらせワザだったのかもしれない。
それなのにウチのツルッパゲときたら無神経すぎる。
幽霊とはいえいい大人が顎に梅干し作るって、そうとう悔しかったのだろう。
「あの……看護師さん、なんか失礼なことを言ってすみませんでした。ウチの社長は人は悪くないんです。ただちょっとデリカシーに欠けるというか……だから彼の発言は気にしないでください。それに僕は怖かったですよ! ずっと無表情だったのに突然口が裂けて笑うトコも、目がグルングルン回るトコも、正直言って鳥肌が立ちました! 本当です!」
怖いと言うより、気持ち悪いの方が強かったけど、精神的に圧を感じたのは本当だ。
見習いとはいえ僕が霊媒師でなかったら、社長が一緒でなかったら、さっきの若者3人組のように腰を抜かして半べそをかいていたに違いない。
勢いのついた僕は「見せたかったなぁ、さっきの鳥肌!」とか、「あの目の動きは反則ですよ!」とか、「いきなり口が裂けたけどどうやったんですか?」とか、軽い質問を交えつつ、怖かったという気持ちを伝えた。
力の入った僕の話をしばらく聞いていた幽霊は、声に出して返事はしないものの、時折小さく頷いて、気が付けば顎の梅干しが消えていた。
そして最初に視た、人の良さげな懐っこい顔に戻ると、
『うらめし……うらめし……くない』
と、呟いた。
「えっ!?……うらめしく、ないんですか!?」
まさかの ”うらめしくない発言” に、びっくりしていると、糸のような細い目に笑いジワをたっぷり寄せた幽霊が、僕らの横を通り過ぎ病室を出て廊下に立った。
そして今度は片手だけを上げて、だらりと手首を下げる事なく、しっかりと指をさしてから煙のように消えてしまった。
「社長、今のは……?」
「ああ、よくわかんねぇけど、あのオバチャンが指差した方に行ってみるか」
僕達は霊の後をなぞり廊下に出ると、指をさした方へと歩き出した。
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