第九章 霊媒師 弥生ー2

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◆ 鋭利なガラスが枠にのこる大きな窓から、ひんやりとした夜風が入り込んでくる。 その風が天空の雲を流し、どこひとつ欠けることない満月が姿を現した。 僕は決して絵に詳しくはないけれど、窓枠に浮かぶ青い月はまるで絵画のように美しい。 タイトルをつけるとしたら “満月と廃病院” だろうか(安易すぎ?)。 「あんたが、この病院の院長さん?」 社長が白衣の(ひと)に声をかけた。 そうだった、“満月と廃病院” なんてくだらないこと考えてたけど、今は仕事中。 しかも目の前にいるのは生者の腹を裂き臓器を奪うと悪名高い廃病院のボス、噂の院長なのだ。 気を抜くわけにはいかないのだけど、なんせ、ホラ、空気が、なんていうか、その……柔らかくて、緊迫感とは程遠いので拍子抜けしてしまう。 噂に聞く凶悪さ、邪悪さ、そういったものがまったく感じられない。 ここに来るまでに会った、口を揃えて『うらめしくない』と言う看護師さん達といい、この院長といい一体どうなっているのだろう? 『はい、私が院長の大澤です。どうもこんばんは』 社長の問いかけにワンテンポもツーテンポも遅れ、”ホントに凶悪なのか?” 疑惑の院長がシワシワの挨拶で返してくれた。 「ああ、こんばんは。俺らはT市役所に依頼されてやってきた霊媒師で、俺は清水、で、こいつはエイミー。あんたらがこの廃病院で生者に悪さしてるから祓ってほしいって言われて今夜ここに来たんだ」 ちょっと社長、いきなり祓うとか喧嘩腰じゃないですかね? そんなに悪そうな(ひと)に視えないし、ここはもう少し穏便に行った方が……って、もしかしてコレが社長の精一杯の穏便か? などとゴチャゴチャ考えながら僕は院長の反応を視た。 が、しかし院長は、”祓う” という言葉を特に気にするでもなく、 『そうですか。あなた方が祓い屋さんなのですね。私達を祓いに霊媒師さん達が来たというのはウチの看護師長から報告を受けています。どうもお勤めご苦労様です。どちらからいらしたのですか? ここは周りになにもないし、遠くて大変でしたでしょう』 本当にすみませんねぇ、なんて言いながら、ふわりと微笑んだその顔は、老小型犬……そう、年を取ったマルチーズのように愛らしかった。
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