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『この病院はね、それこそあなたたちが生まれるずっと前からあったんです』
そう言って院長は、懐かしむように目を細めた。
『昔、この辺は一面畑でねぇ。平屋の農家が点々とあるだけのさっぱりしたものでした。ここからずいぶん離れた駅前に小さな商店街はあったけど、入院設備が整った病院なんてものはなくて、大きな病気やケガをしたら隣町まで行かなくてはなりませんでした。だけど、』
院長の話し方はゆっくりで丁寧だ。
まるで熱を出して不安がる患者を安心させるような、わかりやすい言葉を選んで病状を説明するような、この霊の放つ空気は柔らかくて心地よい。
『だけど____それじゃあ不便だって事でこの病院が建ったのですが、当時にしては大きな病院でねぇ、”これで隣町まで行かなくてすむ”、なぁんて、地元の人達、みんな喜んでくれました。私もね当時は若かったし、”先生達のおかげで安心だよ” とか、”いつもありがとう” なんて言われると嬉しくてねぇ、これは精一杯頑張らねばなるまい、なんて燃えに燃えてウン十年。苦労もあったけれど、優秀で思いやりのある部下達に助けられながら、必死にやってきました。でもねぇ、』
そこで言葉を止めた院長は、窓に寄り背を向けて空を見上げた。
しばし沈黙__後。
『駅の再開発をはじめ、区画整理やらなんやらで、この辺りもどんどん変化していきました。木造平屋の古びた駅は鉄筋2階建ての立派なものになりましたし、畑は潰されかわりにマンションや戸建ての建築ラッシュ、それに合わせてスーパーマーケットもできました。それから……ここよりもっと立地の良い場所に大きな総合病院も、ね』
院長の話によると、T市に活気が出れば出る程、駅から離れた場所に建つこの病院から、もっと大きくて新しい総合病院に患者はみんな流れていってしまったそうだ。
その後、経営不振となり、病院を畳む事になったのだが、病院で働く医師や看護師といったスタッフ全員の再就職の為、院長自ら駆け回り、最後の1人まで漏らすことなく面倒を見たそうだ。
そして院長自身も年齢もあり、これも機会だと医師を引退し、数年の隠居生活を経て、最後は家族や元病院スタッフ達に見守られながら67年の幕を閉じた____
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