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社長の問いかけに、窓際で背を向けていた院長は、ゆっくりと振り返りこう言った。
『この病院が潰れて、不景気のせいで何年も取り壊しもされずに放置され、年々朽ちて、廃墟になって。まわりに民家もない無人の建物ゆえか、いつの間にかここは若者達の溜まり場になっていました。
私が死んだ年。そんな病院の事が気掛かりであの世に行く前、最後に一目と立ち寄った夜、私は目を疑いました。
若者達が瓦礫やゴミの散らばる中で酒を飲んで騒いでて、挙句散らかしたゴミにタバコの火が燃え移っていたんです。
彼らは気付いていません、私は慌てて逃げろと叫びました。
ですが幽霊の声など誰にも聞こえません。呑気に騒ぐ彼らの傍で火はどんどん大きくなっていきます。
このままでは危ないと、私は声が枯れるほど叫び続けました。助けたいと必死でした。
……すると不思議な事が起こったんです。私の声に重なるように、パキーンパキーンと金属のような音がし始めて、その音で若者達は火に気付いてくれたのです』
うわ……怖い。
あれだけ瓦礫やゴミが散乱してるんだもの、あんな中でタバコなんて吸ったらいつ火事が起きてもおかしくない。
院長が立ち寄らなかったら大変なことになっていた。
それにしても院長の言う、パキーンパキーンというのはラップ音だったのだろうか……?
院長が無意識に鳴らした……?
『こんな事言ったら笑われるかもしれないけれど……
私はね、生きていた頃も死んだ後も、ずっとこの病院の院長なのです。ここは病気やケガを治すところです。
あの夜、若者達のボヤ騒ぎを目の当たりにして、どれだけ恐ろしかったか……!
私は院長としてこの病院内で負傷者は絶対に出したくない、いや、出してはいけない!と強く思いました。
だから私、あの夜に決心したのです。
ここに残って若者達を守るんだって。この病院が取り壊しになるまで、安全が確保できるまで、私は成仏はしないって……!』
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