第九章 霊媒師 弥生ー2

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回転は30回ほど回ったかどうかくらいだったと思う。 院長は両腕をおろし、至って真面目にこう言った。 『ハァ……ハァ……暴力はいけないと思ったのですが、わかっていただくにはこれしか方法がありませんでした……申し訳ありません。だけどこれでご理解いただけましたか? 襲うというのは……こういうことなんですっ……!』 幽霊も息切れするのか? という疑問は置いておくとして、肩で息する院長は攻撃(?)をやめると諭すような目で社長を見上げた。 その真っ直ぐな視線を受ける社長は、さっきから小さな声で「え? え? えぇ……?」とか漏らしながら狼狽えている。 そりゃそうだろ。 格闘系霊媒師と呼ばれる社長は、今まで生者も死者も、常に己の拳で闘い、闘いを通じて解り合ってきた男だ。 先週の現場、東京都H市で会ったユリちゃんのお爺ちゃんこと、藤田真氏との闘いは血の雨が降る真剣勝負だった。 格闘系の名は伊達じゃない。 なのに今夜、ウチの僧兵は、すこぶるプリティなマルチーズパンチを浴び、ダメージゼロにもかかわらず、その暴力(?)に謝罪を受けたのだ。 社長にしたら、こんなの暴力でもなんでもねぇし、といったところだろう。 だけど院長的には、全力パンチで若い生者をコテンパンにした気になっている。 年長者のプライドを傷つける訳にもいかない社長は……ま、ようはどう返答していいかわからなくなってるみたいだ。 挙動不審な社長の返事を待たず、院長はさらに続ける。 『ここまでは解りましたか? それでは次の説明を。いいですか? 襲うんじゃない、我々の言う脅すというのは____さあ! みんな! よろしくお願いしますよ!』 パチンと院長の指が鳴った。 そこから数泊おいて、どこからともなく聞こえてきたのは、 『ヒュゥゥ……ドロドロドロドロ……』 ブフォッ! 僕と社長は同時に吹いた。 2人とも音量は最弱で吹いたので院長には気付かれていない。
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