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「岡村さん、どうしたんですか?さっきからずっと黙り込んで、」
不思議そうに僕を見るユリちゃんのその目は田所さんによく似ていた。
「ユリちゃん、あのね、」
言いかけて、なのに止まってしまう僕の沈黙に、なにも知らない社長が陽気に滑り込んできた。
「ユリ!明日から頼むな!ガンガン仕事教えるから夏までに覚えてくれ!なに、ダイジョウブだ!おまえならできる!なんせまだ若ぇからすぐに覚えられるだろ!
それと……これから言うことは仕事とは関係ねぇ。だが大事な話だからよ、よく聞いてくれ。おまえは親も兄弟もいねぇし、ましてや慣れない東京で一人暮らしだ。大変なこともあるだろう。だけどな独りじゃあねぇ、俺らがいる。もしもこの先、困ったことや怖いことがあっても独りで抱えるな。遠慮も迷いもナシですぐに言え。迷惑になるとか考えるな、むしろかけろ。おまえはもうこの会社の人間だからよ、社長の俺がおまえの親で社員達は兄弟だ。そこんとこよく覚えといてくれ」
そんだけだ、と、言うだけ言って事務所を出ていく社長の背中をポカンと見ていたユリちゃんは、数瞬の間を置いて僕に振り向いた。
あぁ、もう、鼻垂らしまくって泣いてるよ。
くぅ、あのカッコつけのツルッパゲめぇ……!
僕の言えなかったことみんな言いやがった!
はは、だけどユリちゃん、すごく嬉しそうだ。
やっぱり社長も同じ気持ちだったんだな。
僕はユリちゃんに向かって小さく頷いた。
誰が伝えたっていい、伝わればいい。
さあ、繁忙期の夏まであと3か月。
僕もユリちゃんに負けないように仕事を覚えていかなければ。
オッサンだけど頑張るぞー!
霊媒師事務所の新入社員____了
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