第十一章 霊媒師 キーマン

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ユリちゃんが社員として働きはじめてから一週間がすぎた。 初めての社会人ということで、電話の出方からはじまって各事務処理のフロー、そういった研修のすべて社長が講師を務めているのだが、曰く、ユリちゃんは覚えが早くてとても助かるのだそうだ。 一方、僕はというと、社長に代わって講師になってくれた先代から“失せ物探し”というお題の研修を受けていた。 「あのね、失せ物探しのスキルを習得すると、仕事だけじゃなくて普段の生活にも役立つよ。うっかり失くし物をした時に便利なの。だから頑張って覚えようね」 探し物スキル、確かに役に立ちそう! そういえば前に先代が話してくれたことがあったな。 この会社に入ってくる仕事には、お祓いや口寄せといった霊に関わることだけじゃなく、失くし物やいなくなったペットの捜索依頼もあるって。 「今回の研修は簡単な探し物から始めるよ。探す範囲はこの会社の中のどこか。依頼主は私で、対象物は湯呑み茶碗。これは私が生前使っていたもので、少々大きめ、色は渋い緑色。そうだねぇ、ホーホケキョの(うぐいす)の色に似てるかな?」 そして模様は荒々しい毛筆で“平蔵”と描かれているというのだが…… ん?平蔵?平蔵さんって先代の名前じゃなかったか? 確か先代のフルネームは“持丸平蔵”さんだったよね? 「そうなのよ、探している湯呑みは、私の名前入りの特注品でねぇ。ずいぶん昔、誕生日に社員のみんながお金を出し合ってプレゼントしてくれた茶碗なの」 わぁ、みんなからの誕生日の贈り物だなんて思い出の茶碗なんですねぇ。 「うん、私の大事な宝物!だからねぇ、私が死んだ時に言ったの。大事な茶碗だから、絶対に棺桶の中に入れないでね(・・・・・・)って。だって私、死んでからも出勤する気満々だったからさ、燃やしたら使えなくなっちゃうじゃない!」 ああ、なるほど。 亡くなっても働く先代の一服タイムに必要なアイテムですよね。 湯呑み茶碗にお茶淹れて「どうぞ、お飲みください」って言ってもらえば、味わうことができるんだもの、そりゃ燃やさないでって言いますわ。 あははは、これって霊能者ならではの遺言だ。 「それでね、昨日のうちに清水君に頼んどいたの。研修に使うから会社の中の、どこかわからない場所に茶碗隠しておいてって。ふふふ、それを岡村君に探してもらいたいんだぁ」 わかりました! 先代の宝物だもの、僕、絶対に見つけます! 「おお!若いっていいねぇ!頼もしいねぇ!それじゃあ早速探し方を教えるよ!まずは、お客様から探し物の情報を聞き出すところからね」 聞き取りの手順はこうだ。 最初に探してほしい物の写真があるかどうかを聞いて、あれば必ず見せてもらうこと。 対象物がどんな形でどんな色をしているのか、古い物なのか新しい物なのか、そういった情報はなるべくたくさん収集したほうが良い。 だが、口頭だけでの説明は依頼主の記憶違いや表現の違いで、霊媒師側にうまく伝わらないことが多々ある。 そういったことを防ぐためにも、写真はとても有効なのだそうだ。 また写真を視れば、ユリちゃんの家族心霊写真でもあったように、そこから発する念を読み取ることができる。 想いや念というものは人や動物だけに宿るものではない、形ある物なら個々の強弱はあるのものすべてに宿っている……ゆえに読み取った念と同じ(もしくは似ている)ものを辿っていけば、見つけ出す可能性が高まるというのだ。
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