第十一章 霊媒師 キーマン

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◆ 「そうか。となると事務仕事は完全に初めてか。心配ない、俺が教えてやる。いいか、交通費立替の精算は(ゴソゴソ)、まずは領収証のある分から処理をしよう。これを添付して、そこの引き出しに入ってる……そう、その書類に記入する。それで合計金額をリリィが計算して、後ろの金庫に入っている小口現金から金を出すんだ……そう、それだ、イエッス! パーフェクトじゃないか、ベイビィ!」 ベイビィ!? って、ユリちゃんのこと言ってるの!? でもって“リリィ”は、名前がユリだから“lily”(百合の花)にかけてるの!? 社長に続いて事務所に入る早々、耳に飛び込んできた低い声。 なんだか、いろいろ話してたみたいだけど、ユリちゃん相手に「ベイビィ」という、日本人が日常会話であまり使わない単語に僕は一瞬固まった。 僕をフリーズさせた見慣れないその人は、立替金の精算で、机に座ってお金を数えるユリちゃんの斜め前に立っていた。 ピタッピタの皮の黒パンツにパイソン柄の開襟シャツ、ウェーブがかった茶色い髪は肩ではね、耳には数えきれないほどのピアスが光っていた。 スゴイ、なんだかめっちゃ派手な人がいる。 もしかして、もしかしてだけど、あの人が先輩霊媒師?……なんて考えてたら、僕の前に立つ社長がフランクな声をあげた。 「おぅ、キーマン! 久しぶりの出社だな!」 キ、キーマン!? え! この人、キーマンさんっていうの!? まさか本名!? キーマンと呼ばれたその人は、僕より少し背が高く、僕よりかなり絞られた体型で、外国の俳優さんのような整った顔立ちと個性的なファッションの相乗効果か、そこにいるだけで圧倒的な存在感出しまくっていた。 「まったくだ、ボス。本当はもっと早くに会社(ここ)に来たかったんだがな。ヘビーな現場のハシゴでたっぷり3週間もかかっちまった。けどな、久しぶりに来てみたらスィートなベィビィが俺を迎えてくれた! 新しく入った事務エンジェルに疲れなんて一瞬で消えちまったんだ! 最高のサプライズで最高にハッピーな気分だぜ!」 ボス……? スィートなベィビィ……? 事務エンジェル……? 独特な単語を織り交ぜつつ、ハリウッド映画の日本語吹き替え版みたいな喋り方と派手な見た目に、終始圧倒されている僕を置いてけぼりに社長が言った。 「ははっ! 悪かったな。急ぎの依頼が入っちまったが、霊媒師(みんな)現場で入れるヤツがいなくてよ。おまえなら頼めばなんとかしてくれると思ってさ。現場のハシゴなんて無理言ったな、でも助かったよ!」 「ノープロブレムだ、ボス。俺はあんたに恩がある。あんたの頼みは断れねぇよ。 で? その後ろで突っ立ってるチェリーパイが、あんたの言ってた霊媒師(しんじん)なのか?」 チェ、チェリーパイ!? チェリーパイって僕のこと!? 「ああ、そうだ」 社長、あっさり肯定したーっ! やっぱり僕がチェリーパイで間違いないみたいーっ! 「キーマン、コイツがジジィが惚れ込んでスカウトしてきた期待の新人、エイミーだ。まだ研修中だが、すでに2回現場に入ってる。戸籍上の名前は岡村英海(ひでみ)だが、今はエイミーだ。おまえもエイミーと呼んでやれ」 チェリーパイとかエイミーとかもう訳がわからない。 「で、エイミー、コイツはキーマン。霊師歴3年で前職は雑貨屋の店長だ。ナリはこんなだが、コイツの部屋はファンシーな小物と雑貨でいっぱいでな。戸籍上の名前は(かぎ)智哉(ともや)だが、今はキーマンだ。おまえもキーマンと呼んでやれ」 キーマンさん……本名は“鍵智哉”さんなんだ。 苗字が“鍵”さんで男性だからキーマン? ああ、これ絶対に社長がつけたあだ名だわ、僕の“エイミー”と一緒だわ。
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