第五章 霊媒師OJT-1

7/10
前へ
/2550ページ
次へ
____200×年8月。 東京都H市のアパートの一室で、酒に酔って暴力をふるう夫(33)から娘(7)を助けようとした妻(28)が、夫により絞殺された。 妻は夫に蹴られ気を失った娘の為に119番通報をしたものの、救急車到着までの約30分の間に事件は起きた。 遺体の第一発見者である救急隊員らの通報で夫は殺人容疑で逮捕。 娘は病院に運ばれたものの幸い命に別状はないという。 夫は無職で普段から酒を飲んでは暴力をふるっていて____ 「社長……当時の記事があって今読んだのですが、これから行く現場には娘さんを助けようとしたお母さんがいるんですね?」 「ああ、そうだ」 「ひどい話ですね……無職の旦那さんの酒と暴力じゃどんなに辛くて怖かっただろう。挙句娘さん庇って殺されてしまうなんて、それじゃあ成仏できなくて当たり前だ! オーナーさんもかわいそうだけど、このお母さんが気の毒すぎる! 犯人は絶対に許せない!」 「旦那の方は無期懲役で服役中。娘の方は殺された被害女性の実家に引き取られたらしいって話だ」 「そうですか。両親をこんな形で失って……今、娘さんが幸せだといいのだけど……」 「被害女性の名前は田所貴子さん当時28歳。今、生きてりゃ39歳で俺らより年上だ。向こうで会ったらそれなりの敬意を払えよ。あとなエイミー、殺された田所さんに過剰な感情移入をしちゃ駄目だ。引っ張られる可能性がある」 「引っ張られる?」 「そうだ。“もっと生きたかった”“殺されたくなかった”“子供が心配”そういった強い鎖で縛られた霊ってのは、生前どんなにいい人だったとしても、生きた人間に……いや、命のそものに強烈な羨望を持っている」 「そりゃあそうかもしれませんけど……」 「一度死んでしまったらもう二度と生き返る事はできないんだ。不本意で無くしてしまった命、身体、ぬくもり、そういったものを当たり前に持っている生きた人間に大なり小なり嫉妬の念が生まれるのは当然だ。そんな霊に感情移入しすぎるとどうなると思う? “かわいそうに”“大変でしたね”“泣かないでください”そんな優しい言葉をかけてくれる生きた人間、この人はわかってくれる、この人にしがみつきたい、助けてほしい、そばにいてほしい、だけど自分がそっちに行く事はできない。それならこっちに引きずり込めばいい、って。そうなりがちだ」 「…………」
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加