第十二章 霊媒師 水渦ー1

2/30
前へ
/2550ページ
次へ
T駅の南口を降りて真っ直ぐ100m。 男の足で歩けば1分程度の好立地にある株式会社おくりびの始業時間は8時半にもかかわらず、僕は1時間も早い7時半の時点でT駅に着いていた。 昨日に引き続き座学予定の僕に早出の要請はない、かと言って時間を間違えた訳でもない。 いつもより早く目が覚めてしまったことと、朝食用のパンをうっかり切らせてしまったことで、いっそのこと早く出てコンビニに寄り、会社でゆっくりごはんを食べようと考えたからだ。 「大福、今日は会社の前にコンビニに行くから付き合ってね」 僕の足元でちょこんと座る幽霊猫、大福に声を掛けると、二股の尻尾を優雅に振りながら「うなぁん」と一言返してくれた。 「付き合ってくれるの?ありがとう。よし、じゃあ行くぞー。しゅっぱーつ」 僕と大福はさっそく人混みのT駅ロータリーを抜け、横断歩道をテクテク歩きだした。 道行く人々に大福の姿は視えない。 ゆえに大福に話しかける時は極力小声だ。 そうでないと、だらしのないニヤケ顔で独り言を呟く変な中年だと思われてしまうもの。 「大福、なにかほしいものはある?」 歩きながら僕はチラリと足元を視て大福に聞いてみた。 種類は少ないけどコンビニにも猫用のおやつは売っている。 家から大福のお気に入りのおやつは持ってきたけど、もしほしいものがあるなら買ってあげたい。 「うなぁ……うなぁん!」 僕の問いかけに、二股尻尾をフリンフリンさせながら見上げて首を振る大福は……カ、カワイイ!なんてカワイイ猫なんだ! こんなカワイイ()と一緒にいられるなんて、すっごい幸せーっ! って……イカン! 大福のあまりのかわいさに気が緩んでしまった。 たぶん僕、めっちゃだらしない顔で笑ってたんだと思う。 だって、今すれ違った女子高生に「あいつキメェ!」なんて言われてしまったもの。 いや……違うんです、キミ達を見てニヤけたんじゃなくて、ウチの大福(お姫さま)にニヤけたんです……って、スミマセン、視えないですよね。 僕が悪かったです。 とにかく気を付けなくちゃ。 変に誤解されてトラブルになったら大変だ。 よし、顔を引き締めて、と。 「なにもいらないの?そっかぁ、じゃあもし気が変わったら言って?具体的にコレがほしいって言って?ね?ね?ちゃんと言ってね?」 「うなぁ」 カワイイ猫選手権があったら2位と大差でぶっちぎりの1位間違いなしの大福だけど、そして昨日、キーマンさんにはあれだけ流暢な人語で話してた大福だけど、なぜだか僕には一切人語を話さない。 今まで通り「うなぁん」と鳴いてはくれるけど、尻尾フリフリの意思表示はしてくれるけど、それだけなのだ。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加