第十二章 霊媒師 水渦ー1

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さっきから店長さんは、瀕死の民兵みたいな弱々しさで、こちらのレジへどうぞと誘導してるのに、先頭のお客さんは一向に動こうとしない。 どうして行かないの? あ、わかった。 あの頭が落武者みたいで笑っちゃいそうだからでしょ。 アレを間近で見たら腹筋崩壊しそうだもんね。 って、ゴメンナサイ……ウソです。 今朝の僕は腹ペコのせいか少々毒舌で反省。 んー、あっ! きっとあれだ! 店長さん、レジ前の休止中の立札どかし忘れてる! アレ置いたまま「こちらへどうぞ」って言われても、ちょっと躊躇しちゃうよねぇ。 高熱にうなされた(勝手な予想)仕事熱心な店長さん(これも予想)のウッカリに、僕は小さく指をさしジェスチャーで札のどかし忘れを指摘する。 人目があるので、あまり大っぴらにはできないが、土色の顔で一生懸命声をあげる店長さんになんとか気付いていただきたい。 (店長さん!札!下げ忘れてますよ!) くっ、ダメだ。 僕のジェスチャーに店長さんは全然気付いてくれない。 両脇では淡々とレジをこなす若いスタッフさん達と、そのどちらかのレジが空くまで待ち続ける列の先頭。 「こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、」 え……? ちょ、店長さん? いくら熱があったって(勝手な予想)同じ言葉を何度も何度も、やけっぱちみたいに繰り返すの変じゃない? もしかして朦朧としちゃってるんだろうか……? 「こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、」 店長さんの声がだんだんと大きくなってくる。 最初はあった抑揚がなくなって、平坦に反復するその声に反応する人はいない。 レジに並ぶお客さんは時計を見たりスマホをいじったり、黙って順番がくるのを待っているし、男性スタッフも何も言わない。 「こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらのレジへどうぞー、こちらの、」
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