第十二章 霊媒師 水渦ー1

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なにが起きた……? 今のはなんだ……? 茫然とする僕の背後から、低くて小さくて、そして弾んだ声が聞こえてきた。 「____ゴミ掃除完了」 ゾッとする呟きに、僕は思わず振り返ってしまった。 さっきから聞こえる不機嫌な声の主。 それはやはり、すぐ後ろに並んでいる女性だった。 ごわついた短い髪と小太りな体型、着古したシャツとジーンズ姿はおしゃれとは程遠い。 顔中に吹き出した赤い出来物が痛々しく、そのほとんどが先端に黄色い膿を溜めていた。 若いのか年なのか年齢不詳のその人は、極端に黒目が小さい細い目で僕を見上げた。 そして、 「なんですか?私になにか用ですか?ジロジロ見て失礼じゃないですか」 低くて不機嫌な声、そして粘着質な目に凝視され冷や汗が滲む。 だが突然振り返り、見知らぬ人に無礼を働いたのは僕の方だ。 この点については謝罪すべきである。 「す、すみません。後ろから声が聞こえたので、つい、」 僕は急いで頭を下げ、慌てて前を向いた。 だけど気になる。 この人なんだろうか? 蒼く光る矢で店長さんを消したのは。 だとしたらこの人も霊能力者なのか? 実際に矢を放った瞬間を見ていないからなんとも言えない……けど、もしそうだとしたら許せない。 死して尚、仕事着姿で混んだレジを助けようと現れた、生者に害を成さないであろう幽霊をわざわざ苦しめて消す必要がどこにある。 「お次にお待ちのお客様ー、どうぞー」 疲れを感じさせない明るい声。 同じレジでも生者の男性スタッフが、僕に向かって軽く手をあげていた。 お会計の順番が回ってきたらしい。 僕が男性スタッフの前に買い物カゴを置くと、テキパキと商品をスキャンしてくれた。 「合計で992円になります」 そう言ってニコッと笑ってくれた男性スタッフさん。 あれ……? この顔……よくよく見れば、さっきの幽霊店長さんに似てないか? 僕はさり気なく男性の胸のネームプレートに視線を移す……と、そこには“菅野直樹”と記されていた。 ああ、この人……たぶん息子さんだ。
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