第十二章 霊媒師 水渦ー1

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◆ コンビニの外に出た僕は大きく息を吸い込んで吐き出した。 額の脂汗を何度も手で拭う。 頭の中に店長の断末魔が鳴り響き止まらない。 なにも知らない息子さんの隣で、「直樹助けて」と救いを求めながら苦痛に塗れて消滅した姿が浮かんでは消える。 土色の顔で痩せ細り咳き込みながら、それでも笑ってレジに立ったのは、大変な思いをしている息子さんを助けたかっただけかもしれないのに。 僕はガラス越しに見える息子さんに申し訳ない気持ちを抱えながら、トボトボと会社に向かった。 「なんだよ、エイミー! 今日はずいぶん早いな!」 黒地に金ラメの線が入ったジャージ上下姿の社長が、朝の光をツルッパゲに反射させ、満面の笑みでブンブンと手を振っている。 あはは……なんかホッとするなぁ。 社長の無邪気な顔を見ただけで、なんだか心のモヤモヤが晴れていく。 「早く目が覚めちゃったんです。それに朝ご飯用のパンも切らせちゃって。だから会社でゴハン食べようとコンビニでサンドイッチ買ってきました。あ、みんなで食べようかとドーナツもありますよ。社長は? 蔦の結界に電気の補充ですか?」 「ああ! たっぷり流し込んどいた。これでそこらの霊は中に入れねぇ! そうだ、失せ物探知の研修終わったらエイミーにも結界張ってもらうかな」 広げた五指から真っ赤に光る巨大な電気竜を空に飛ばし、社長は僕に向かって片目を閉じた。 「えぇ! こんなスゴイの僕にできますかね?」 僕のショボイ放電とは桁違いの稲妻を目の当たりにして、ちょっと弱気になってしまう。 「ダイジョウブだ! おまえならできる! つか、本当に覚えてもらわねぇと、これから夏で繁忙期になったら俺も現場に出ちまうからな」 そうだった。 これから暑くなれば繁忙期に入るんだ。 「はい、頑張ります。そういえば弥生さんとかほかの先輩霊媒師の方達とか、みなさんも結界張れるんですか?」 「キーマン以外は全員張れるよ。あ、そういやキーマンから伝言だ。『ヘーイ! チェリーボーイ! 今度、プリンセスビッグラッキーと一緒に俺のアパートメントに泊りに来てくれ!』だそうだ。つーか、おまえ……チェリーだったのか?」 社長がかわいそうな人を見る目で僕を眺める。 ヤメテ、その目はヤメテ。 「ち、違います! そんなんじゃありません! なに言ってるんですか! これはですね、キーマンさんが僕を“チェリーパイ”とか“ボーイ”とか呼んでたのが混ざっただけで、」 「ははっ! いいよ、なにも言うな。ま、そのうちみんなでキーマンの部屋に遊びに行こうぜ! キーマンの家からだと会社まで近いし、メシも旨いモン作ってくれるしよ」 「わぁ、ぜひ! そうだ、社長。話は変わりますけど、さっきそこのコンビニで変な女の人を見たんです、、、」 今朝の出来事を社長に話してみようと思ったその時、僕は言葉を詰まらせた。
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