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会社の敷地内には小さな庭がある。
煉瓦で仕切られた花壇の中では、色とりどりの花が咲き、それぞれ漂わせる香りはほんのりと甘い。
晴れた日にはここでランチがとれるようにと、木製のガーデンテーブルと背もたれのないシンプルなベンチが置いてあり、僕はサンドイッチを頬張りながら社長と向かい合っていた。
「あのバカが……!」
吐き捨てるように声を発した社長は、大きな手で両目を押さえると深い溜息をついた。
今こうして社長と話をしている僕らのことも、水渦さんは霊視で覗いているのだろうか?
そう思うと……どうも落ち着かない。
「店長って菅野さんだろ?会社の出社日はしょっちゅう、あそこのコンビニ行くからよく覚えてる。声がでデカくていつも元気な感じの良いオッサンだった。去年の暮れに車の事故で突然亡くなってな。それ以来、元々一緒に働いてた息子が店長になったんだ」
社長が教えてくれた店長さんと息子さんの話に気持ちがズンと重くなる。
僕の頭の中には、笑顔でレジに立つ直樹さんの顔が浮かぶのと同時に、苦痛に顔を歪ませ消えてしまった店長さんの姿も浮かび、いたたまれない気持ちになった。
「店長が幽霊になってから俺も何度か店で視たよ。レジが混んでくると出てくるんだよな。誰にも聞こえねぇのに『こちらのレジにどうぞー』なんてバカデカイ声出してさ。しばらくそうやって声出して、誰も来ないってわかると今度は息子のそばに行くんだ。ぴったり横に憑いて『ご苦労さん』とか『ありがとう』とか『そろそろご飯の時間だよ』とか、とにかくずっと喋ってた。だけど悪いことする霊じゃないのは確かだった。まぁ……死んでからも息子が心配で大事で仕方なかったんだろうよ」
社長の話を聞けば聞くほど、鼻の奥がツンと痛くなる。
店長さんになに一つ非はないじゃないか。
生者に害を成すこともなく、ただ息子さんを助けたくて、自分の店のレジに立っただけなのに、たまたま居合わせた水渦さんに滅されてしまったんだ。
なんの予告もなく____生者だった頃、突然の事故で命を落としたのと同じように、“声がうるさい”たったそれだけの理由で、またも突然存在を消されてしまったのだ。
その声だって一般の人達には聞こえないのに、公共の場で迷惑を掛けた訳じゃないのに、霊の声は僕ら霊媒師にしか聞こえないのに。
視えて聴こえる霊媒師は、視えない人達と霊の架け橋をするのが仕事なんじゃないのか……?
架け橋どころか、一方的に霊力で滅するなんておかしいじゃないか。
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