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「……エイミー、大丈夫か?」
………………
心配そうに覗き込む社長に僕は短く頷いた。が、本当は大丈夫ではない、ひどく動揺している。
話を聞いて、水渦さんへの怒りと不信感が増した。
どうしてあんなことをしたのか……1人で考えても答えはでない。
僕は意を決してベンチから腰を上げた。
この匂いには少し前に気が付いた。
水渦さんへの怒りが、僕の超平和主義を上回ったあたりから漂いはじめたんだ。
最初は薄く、花の香りにまぎれていた。
それが今、ズキズキ痛む鼻の奥に、吐き気を誘う強い異臭が流れ込んでくる。
腐敗した生肉のような、夏場に放置された生ごみのようなひどい匂いは、会社建物から……建物の3階から……3階の真ん中から……真ん中のあの部屋から、赤黒い靄と一緒に漏れ出していた。
見上げた視界に映る窓には白いブラインドがさがり、外から中が見えないようにきっちりと閉められているが、今の僕にははっきりとわかる。
甘いお菓子の匂いとは違うけど、キーマンさんが言っていたのはこういう事だったんだ。
「水渦さん!3階の真ん中の部屋!そこでずっと僕らを視てますよね!」
湧き上がる怒りに視界が赤く染まる僕は、爆発寸前の感情を燃料に大声を張り上げた。
「なんで店長を消したんですか!?うるさかったからですか!?イライラしたからですか!?死者だったからですか!?朝から不愉快だったからですか!?」
僕の怒声を無視するようにブラインドは開かない。
だけど強まる腐敗臭、これは多分水渦さんの感情の匂いだ。
彼女は3階のあの部屋で、絶対に僕の声を聴いているはずだ。
「もしも店長の声がもう少し小さかったら!水渦さんの機嫌が良かったら!店長が生者だったら!夜だったら!もしそうだったら滅さなかったんですか!?ぜんぶアナタの気分次第ですか!?店長は生者に害は成さない、そんなの新人の僕にだってわかる!水渦さんだって分かっていたはずだ!それなのにどうして滅したんですか!?それもわざわざ苦痛を与えて!水渦さん、聴こえてますよね?黙ってないで答えてください!どうしてあんなことをしたのか、僕にわかるように!」
納得のいかない理不尽に怒りと疑問をぶつけ、僕は水渦さんの答えを待った。
ガンッ!!
え……?
ガンッガンッ!!
ガシャッガシャッガシャッガシャッガシャガシャガシャガシャ!!!
どうしたの!?
見れば窓ガラスが激しく揺れている。
どうやら水渦さんが、部屋の中からブラインドごと窓を叩いているようだ。
「ミューズ!やめろ!」
ガラッと窓が開く音に社長の大声が重なった。
グシャグシャになったブラインドを掻き分けて、窓から身を乗り出す水渦さんは、真っ直ぐに腕を伸ばし、人差し指を僕に向けた。
「うるさいっ!うるさい、うるさい、うるさい!偉そうにするな!黙れっ!!もう消す!このゴミがぁぁ!!」
低く割れた大声で僕をゴミ呼ばわりした半瞬後。
彼女の指先が蒼く、そして強く光った。
ビュンッ!!
それは風を切る音と共に勢いをつけて放たれた。
僕は理解した。
あれは店長さんを滅したのと同じものだ。
蒼い火花を散らせ、僕に向かって真っすぐに飛んでくる発光の電気の矢。
水渦さん、アナタは僕が気に入らないんですね?
だから僕の事も滅するつもりなんですね?
だめだ。
矢はもう目の前で、とてもじゃないけど避けられない。
大福、ごめんね。
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