第十二章 霊媒師 水渦ー1

25/30
前へ
/2550ページ
次へ
ピークって……今そのお姉さんはどうしたんですか? 口を挟む空気ではない水渦(みうず)さんの話に、僕も社長も黙っその先を待った。 「他人が嫌いで自分も嫌いで、だけど姉だけは大好きで、ずっとこのまま姉と暮らしていけたらと思いました。ですが、それは叶いませんでした。姉に好きな人ができたんです。好きになった人はお店のお客さんだと言っていました。お金持ちではないし、口下手な人だけど一緒にいるだけで安心すると、できれば結婚したいと、それはそれは幸せそうでした。それを聞いて私は絶望しました。私はまた捨てられるんだ、このアパートからも追い出されるんだ、見捨てられたんだと」 それは違うよ……お姉さんは結婚したって水渦(みうず)さんを見捨てる訳ないじゃないか。 「岡村さん、“それは違う”と思いましたか?この話を聞いた人は全員そう言います。私だって今なら分かります、そうじゃなかったって事が。ですが、あの頃の私は絶望感で一杯だったのです。姉にしてみれば理不尽ですよね。それも分かっています。絶望は簡単に憎しみに変わります。私は姉の幸せを壊してやるとそればかりを考えるようになりました。私を公園に捨てた顔も知らない両親、施設で私を苛めた奴らと虐待した職員達、面白半分に襲ってきた幽霊達、そいつらへの恨み辛みすべてを姉に押し付けたんです。 もちろん姉は無関係です、ただの言いがかりです、タチ悪いです、すべて分かっています。それでも許せなかった。私を捨てて人並に幸せになろうとする姉がどうしても」 社長もここまでの話は聞いていなかったのか、唖然とした顔で水渦(みうず)さんを見詰めていた。 「ある夜、私は姉の店に行きました。姉の恋人が来てたらいいと思ったけど、その日はいませんでした。突然現れた私に姉は驚いた顔をしたけど、すぐに笑ってくれました。そして『お姉ちゃんがご馳走してあげる。なんでも好きなもの頼んでぇ』なんて甘ったるい声で私の頭を撫ぜました。その瞬間、私は激高しました。他にお客さんや従業員もいましたが、その目の前でお店をメチャクチャにしました。椅子を持ち上げて酒が並ぶ棚に投げ、ビンとガラスを粉々に割りました。ペットボトルに移しておいた墨汁を振りまいて店内を汚し、テーブルもドアも棚も装飾品もすべて破壊しました。抑えられなかった、どうしても。姉を失うくらいなら姉を壊してしまいたかった」 さっきの僕への攻撃もそうだけど、キレたら止められないタイプなのか……それにしたってやりすぎだ。 「警察に通報されて私は取り押さえられました。実刑も覚悟していたけど、姉がなんとかしてくれました。全てを弁償、修復するとオーナーに土下座して、たった一人の妹なんです、許してくださいと何度も何度も頭を下げて示談にしたそうです。しばらく留置所に拘束されたあと、釈放された私を呼び出した店のオーナーから聞かされた話です。オーナーは『莫大な借金を背負ってまで妹を庇ったのよ』なんて泣いていましたけど、私は不貞腐れてそっぽを向いていました……ですが、『お姉さんは恋人とアナタと3人で暮らせる広いアパートを探していたのに』と聞いて、その時初めて取り返しのつかない事をしたと……思いました」 どうしてそんなことをする前に、お姉さんと話せなかったのだろう。 借金を背負ったお姉さんは、今どうしているのだろうか……?
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加