第六章 霊媒師OJT-2

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◆ 「室内のクリーニングは済んでますから、どうぞそのままお入りください」 そう言って開けてくれた103号室のドアから、社長と僕は失礼しますと声を掛け中に入らせてもらった。 ドアを押さえていてくれた村越さんは、申し訳なさそうな顔をしながらも玄関にすら入ろうとはしない。 「ごめんなさいねぇ。私、どうしても怖くって……」 「大丈夫ですか? ご無理をなさらないでくださいね。 改めまして村越様、この度はご予約いただいた日に訪問できず大変申し訳ございませんでした。本来担当させて頂く予定だった弊社スタッフも途中帰宅する事無くこちらに向かい続けてはいたのですが、おそらく件の女性の妨害がありまして、どうしても辿り着く事が出来ませんでした」 見た事のないようなキチンとした応対をする社長を僕は小さく二度見した。 なんだ、その気になれば全然まともじゃないか……と失礼な事を考える。 「ああ、それはいいのよ。途中で担当の方から何度も連絡もらっていたし予想してた事でもあるから……いえね、言いにくいのだけど清水さんのところにお願いするより前に、近所のお寺さんにお祓いをお願いしていたの。それこそ車で15分くらいの場所にあるお寺さんなんですけど、その時もここまで来れなかったんですよ。途中でタイヤがパンクしたり、エンジントラブルがあったりでね。住職さんも頑張ってくれてタクシーを使ったり、自転車に乗ってみたり、最終的には歩いて来ようとしてくれたのだけど、やっぱり駄目でした。だから今回も半分諦めていたんです。本当によくここまで来てくださいました」 村越さんは怒った様子もなく、むしろホッとした顔をしていた。 「さようでございましたか。助けを求めてそれが叶わなかった時、さぞご不安だった事と心中お察しします」 胸に手を当てスッと頭を下げる社長の所作は意外な程美しい。 「そうねぇ、ずっと不安だったわ。でも今回だけはどうしても、なんとかしたいのよ。実はね、この部屋ずっと空いていたんだけど、やっと入居者が決まったの。ほら、あんな事があったでしょう? だから今までもこの部屋だけ家賃を下げたり……思い切ってアパート名変更したり色々やってきたの……けど、結局は幽霊が出るってすぐ出ていかれちゃってね。今度の入居者はわざわざこの部屋指定で申し込んでくれたのよ。なんでも地方から上京してくるんだけど少しでも家賃の安い所を探してたんですって。こっちにしたら安くたって、ずっと空き家にしとくよりよっぽどありがたいですからねぇ。できれば長く住んでほしいの。だからどうかお願いしますね」 藁にも縋る思い、といった熱のこもった口調の村越さんの顔は疲れているようだった。 曰くつきとなってしまった部屋のせいで苦労が絶えなかったのだろうな。
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