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この町は梅の花が有名だ。
豊かな自然とレトロな雰囲気の味わい深い街並みは、強烈な懐かしさを感じる。
有名なのは梅だけに留まらずスポーツも活発で、中でも毎年2月に開催される大規模なマラソン大会は、海外からもランナー達が走りにくる盛大さ。
そして土地柄なのか、穏やかで優しくて面倒見の良い人が多いという。
ここかぁ!
ここが社長が生まれ育ったO市かぁ!
僕、O市に来たの初めて!
「うわぁ、すぐそこに山が見えますねぇ!」
社長との待ち合わせ場所である、O駅に降り立った僕と大福とユリちゃんと先代は、駅ロータリーでゆっくりクルリと一回転。
駅の背にある大きな山に歓声をあげ、道路に沿うように植えられたツツジの花に目を細めていた。
「岡村さん……私、変じゃないですか?」
そう不安気に聞いてきたのはユリちゃんだ。
彼女は入社初日に着ていたリクルートスーツに、色あせた青いリボンで髪をひとつにまとめている。
ショルダーバックの他に手土産のお菓子の袋を持って、緊張した面持ちだ。
「大丈夫だよ。そのスーツすごく似合ってるし、なんたってお母さんからもらったお守りのリボンもつけてるからね」
僕がそう言うとユリちゃんは「ありがとございます」と情けない顔でふにゃりと笑った。
時刻は午前9時55分。
そろそろ社長が車で迎えにくる頃だ。
駅から社長の家まで、徒歩でだいたい15分だと聞いている。
そのくらいなら歩きますよと言ったのに、パンプスを履くユリちゃんの脚が痛くなるといけないからと、駅で待つように言われたのだ。
どうやら社長は、好きな女の子には甘々になるタイプらしい。
と、そこへ。
楕円のロータリーから真っ直ぐ延びる太い道の遠くから、見覚えのある銀色の車が低いエンジン音を響かせてこちらに向かってくるのが見えた。
間違いない、社長のソウルカー、ランサーエボリューションだ。
「おーい!ここだよー!」とブンブン手を振る先代に、ファンッ! と小さくクラクションが鳴らされて、社長のランエボはゆっくりとロータリーを半周し、僕らの前に停車した。
「悪い、待ったか?」
運転席から顔を出した社長は、休日だというのにスーツ姿だった。
今日はお互いの家族と顔合わせだ、さすがにラフな格好という訳にはいかなかったのだろう。
かくいう僕も、無難にスーツ着用だ。
「まぁ、乗れや」
社長の一言を受け、僕はユリちゃんに助手席に乗るよう、そっと背中を押し、僕と大福と先代は後部座席に乗り込んだ。
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