第六章 霊媒師OJT-2

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「そういったご事情でしたら、入居の方がいらっしゃるまでになんとかお祓いと浄化を完了させましょう。それで、入居日はいつになるのでしょうか?」 社長の質問に村越さんは申し訳なさそうな顔でこう答えてくれた。 「それがね……明日なの」 今まで余程大変な思いをしてきたであろう村越さんは、とにかく話が長かった。 その気持ちわからないではない。 以前“お客様相談センター”で勤務していた時も、ご意見を頂戴するお客様方の長時間に及ぶお話に、僕はいつだって話の腰を折る事なく耳を傾けていた。 なんらかの理由でお怒りのお客様の中でも、ご自身の貴重な時間を費やして、わざわざこちらに電話を架けて頂けるというのは大変ありがたい事で、裏を返せばそれだけ期待をしてくれているという事になるからだ。 村越さんは僕達にクレームをつけている訳ではない。 約束の日に訪問できなかった事だって許してくださっている。 ただ今までの苦労と、今度こそお祓いを成功させてもらいたいという期待感から言葉が溢れ止まらないのだと思う。 だけど____ 僕のメンタルは限界を迎えていた。 実際村越さんの応対をしているのは社長であって僕ではない。 僕は社長の後ろで、ただ馬鹿みたいに突っ立っているだけ____ いや、違う。 僕はこの場この状況で、絶叫もせず、嘔吐もせず、ただ突っ立っている自分自身を褒めてやりたいと本気で思っていた。 ああ、だけど、もう耐えられない。 だって、そこにいるんだよ。 意識して別の事を考えて気を逸らしていたけれど、もうこれ以上視えない事にはできない。 僕をじっと見つめてる。 ああ、耳鳴りがひどくなってきた。 同時に全身鳥肌が立つ。 身体中から冷たい汗が滴り落ちて、 動悸が激しくなってきた。 そして血と吐瀉物の臭いにグニャリと視界が歪み____ 「それじゃあ私は家に戻っていますので、何かあったら連絡してください。お祓い……よろしくお願いしますね」 遠くで村越さんの声がした。 それを最後に僕の耳から音が消え、 全身の力が抜けた。 歪んだ視界に床がどんどん近くなる。 僕が最後に視たものはひどく痩せこけた女の人で、 その顔はどす黒く目も鼻も頬もすべてがグシャグシャに潰れていた。
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