第十三章 霊媒師 清水誠

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「奥さんって……社長のお母さんって……お強かったんですねぇ……」 「そりゃもう! 私、夫婦喧嘩で勝ったことは1度もありませんでしたから! リングに上がってからもずっと妻の声が聞こえてきました。倒れるたびに『寝てんじゃねぇ! 立て! 立って闘え!』ってね。それから……ははは、ちょっとした反則も……私がフェイスロックをかけられて息もできないピンチの時に、どうやら妻が相手選手の後頭部にキックをしたらしくてねぇ。相手は『今誰かに蹴られた!』と試合中キョロキョロしながら大騒ぎでした。まぁ、妻は元ヒール。多少の反則は仕方ありません」 「スゴイ! 反則はこの際置いといて……本当に2人で闘ったんですねぇ」 僕がしみじみそう言うと、大和さんは照れくさそうに目を細めた。 「ええ、初めて同じリングに立ったんです。あんなに楽しい試合は初めてでした。気付けば圧勝、相手は泥のように沈んでて、『よくやった! それでこそアタシの男だ! いいか、これが最後だよく聞け! 姿は視えなくてもアタシはいつだって大和と誠の傍にいる。だから死ぬな! 生きろ! いいな!』そう言い残し、彼女の声は消えました。そんなことがあったから、視えなくても幽霊は存在すると思っているんですよ」 「そうだったんですね……乱暴に見えても優しい、なんだか社長にそっくりです」 「うん、あの試合以降、私に声は聞こえませんでしたが、誠にはずっと妻の姿が視えていたようです。母さんが死んで淋しくないかと聞いた時、ここにいるのに視えないの? と不思議な顔をされました」 「亡くなったお母さんが視える……幼かった社長にとっては、かえって良かったのかもしれませんね」 「うん、まだ3才で一番母親が必要な頃だもの。妻には本当に感謝している。それからずっと誠の傍にいた妻は、たくさんのことを……勉強や格闘技、それから人との関わり方まで、あらゆる教育をしてくれました。生きている母親がするのと同じようにね」 そう言った大和さんはどこか誇らしげで、それでいて懐かしそうだった。 「良いお母さんだったんですね……あの、大和さん。今も奥さんはいらっしゃるんですか? まだ姿をお見かけしていませんが、ユリちゃんも聞けばきっと会いたがると思います。僕もご挨拶させていただきたいし、」 是非お会いしたいと願う僕に、途端、大和さんは淋しそうな顔をした。 だけどすぐに、社長にそっくりな顔をくしゃりと崩し、 「ありがとう。だけどね、今はもういないんだ。誠が20才(ハタチ)になった時に成仏したと聞いている、それから何年かして生まれ変わったともね」 と笑った。   「そうでしたか……それは残念です。お会いしたかったな」 社長の人格形成に多大なる影響を与えたであろう、お母さんに是非とも会ってみたかった。 だけど生まれ変わったというのなら、幸せな人生を、今度はしわくちゃのお婆さんになるくらい長生きしてくれるといいな。
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