第十四章 霊媒師 ジャッキー

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「違います、そうじゃありません。右手親指の位置と、左手小指、中指、人差し指の角度がめちゃくちゃです。それでは印は有効になりません」 淡々と間違いを指摘する水渦(みうず)さんは、複雑に絡む僕の指を思いっきり有り得ない方向に反り返した。 「イテテテ! 指もげる! もげちゃいますってー!」 ただでさえ手がつりそうになっているというのに、容赦なく反らしたり曲げたりするものだから僕はもう痛みに半泣きだ。 「岡村さんの指は柔軟性に欠けるようです。これでは印を覚える以前の問題ですね」 呆れた口調の水渦(みうず)さんは指から手を離すと、僕が淹れたクランベリーティーを一口すすり溜息をついた。 ………… 先日、清水家と藤田家の顔合わせの場で、ユリちゃんのお爺さんは僕の身体の乗っ取りを成功させた。 長くて複雑な乗っ取りの印を、たどたどしいながら1つも間違える事無く結びきったからこそ出来た技だ。 生前、特段霊力があった訳ではないお爺さんだったが、死して尚、大事な孫を守りたいという一心で、黄泉の国に暮らすレジェンド級の霊媒師、瀬山彰司(せやま しょうじ)さんから修行をつけてもらい乗っ取りの印を習得した。 その期間、僅か一カ月。 相当な努力をした事が容易に窺える。 後から聞いた話によると、生者が霊力を持つには生まれながらの資質が問われるが、死者となれば存在自体が霊力の塊となり、努力次第では素人でも霊技を習得する事が可能になるという、だがこれはあくまで理論上の話。 生者の頃と身体の造りが変わり、できない事ができるように仕様変更されたとしても、実際にできるようになるかどうかは別なのだ。 たとえば、お爺さん曰く『筋肉も脂肪も足りてない細っちい身体』の僕が(失礼ねッ!)、ある日突然ムキムキマッチョマンに生まれ変わったとしても、その日からオートで喧嘩が強くなる訳ではない。 身体だけマッチョになったところで格闘技未経験では、いざ誰かと喧嘩になった時、どう動いていいかまったく見当がつかないからだ。 マッチョの持ち腐れで、右往左往して負けるのが目に見える。 そんな僕でも大和さんのような格闘家に、最低でも1年くらい毎日鍛えてもらえば、もしかしたら強くなれるかもしれない(本当は1年でも怪しい)……が、1カ月程度の訓練ではとてもじゃないけど不可能だ、中学生にだって勝てる気がしない。 もし1か月である程度仕上げるならば、不眠不休で血反吐を吐きながら鍛えてもらうしかないだろうが、たぶんもたない。 身体は悲鳴を上げ、心はポッキリ折れてしまうだろう。 だがお爺さんは、その苦行をやってのけた。 心を折るかわりに指を曲げ、覚えるだけでも気が遠くなる複雑で長い印を見事自分のものにしたのだ。 てか1カ月であれじゃあ、半年先、1年先はどうなっちゃうんだろう? …… ………… 負けてられない……! 僕、本当に頑張らなくっちゃ!!
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