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今の僕のスキルでは放つ電流の最大飛距離は約1m。
それは僕と田所さんの距離でもある。
僕から発せられた電流は田所さんの左胸上で幾重にも丸く絡まり、それはまるで発光する赤い花のように視えた。
暗闇に光る赤い花は田所さん自身をも照らす。
亡くなった当時、彼女は28才という若さだったはずだ。
でも、そこにいるのは40代とも50代とも思える老け込んだ女性の姿だった。
首元がヨレヨレになった半袖のシャツに、何年も着古したような膝下のスカートはふかぶかで腰でなんとか引っ掛かっている状態だ。
長い髪はツヤもなくボサボサで、前頭部の左生え際が束になって抜けている。
まともな物を食べていなかったであろう痩せ細った身体にグシャグシャに潰れた顔。
凄まじい暴力の跡が見て取れる惨い姿だ。
だけど____
そんな姿になった田所さんなのに、胸に飾られた赤い花が妙に似合っていた。
僕はそんな事を思う自分に戸惑いを感じた。
“女性に花が似合う”なんてキザな事、普段の僕なら考えもしない事だ。
まして凄惨な姿の田所さんに対し、そう思う事すら間違っているのかもしれない。
もしかしたら……心のどこかで、せめてこの花が少しでも田所さんの慰めになってくれればという思いがあったのかもしれないけれど、よくわからなかった。
わかる事と言えば……今こうして目の前に、細すぎる腕を目一杯広げ、彼女の中ではまだ存在する幼い娘さんを守る為、僕を必死に睨みつける女性がいるという事だ。
悲しいな。
こんなに冷たい暗闇にたった独り、暴力の傷も癒えないまま、ここにはいない娘さんの為に震えながら闘い続けている母親。
たった独りで終わる事のない地獄を延々と彷徨っているんだ。
ああ、この人には助けが必要だ。
社長はフラットになれ、幽霊に引っ張られる事になるぞと言っていた。
だけど……こんなに悲しい女性を前にしてそうなれるほど僕の心は強くない。
奥歯を強く噛み改めて前を向く。
するとせっかくの赤い花が滲みだし見る見る輪郭が崩れてくのが視えた。
僕は放電の力が弱まったのかと慌てて力量を確認する。
田所さんを飾る赤い花を枯らせるわけにはいかない。
だけど違った。
力は十分に足りていた。
その原因に気が付いた時、僕は再び戸惑った。
僕は慌てて目を擦る。
ああ、でも、だめだ。
擦ったくらいじゃ溢れる涙はどうにも対処できそうになかった。
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