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「私の視点で言わせてもらうのなら、引きこもる事ができるなんて幸せですよ」
感情の見えない平坦さで水渦さんが言う。
「働かず引きこもっても支えてくれる家族がいる、恵まれた環境です。私には支えてくれる家族も友人もいないので、引きこもりたくてもそれは叶いません。頼れるのは自分だけです。嫌でも辛くても働かなくてはアパートを追い出され生活ができなくなりますから、」
僕はそんな風に言う水渦さんに対して複雑な気持ちになった。
引きこもる人達にはそれぞれ理由がある。
それを聞かずして、頭ごなしに甘えているとか選り好みしないで仕事しろとか責めるべきではないと思っている。
ましてや、引きこもれる人は幸せだなんて、僕なら口が裂けても言えない。
だが……水渦さんの言い方は、決して引きこもりの人達を責めてはいない。
彼女から感じたもの、それは羨望だった。
親から捨てられ施設で育ち、家族も親戚も身内と呼べる人は誰一人いない。
本人の性格もあるけれど、親しい友人もなく、家賃と生活費の為に霊媒師の仕事をしているのだ。
そんな水渦さんにとって、どんな状態になっても見捨てず支えてくれる家族がいるという事は、なによりも眩しくて羨ましいのだろう。
普通の家庭に生まれ育った僕なんかに、同情的な事を言われたくないだろうから口にはしないけど、時々切なくなる時がある。
僕になにかできる事があるといいのだけど……そんな事を考えていたら、必要以上に水渦さんを見てしまっていたようで、
「……岡村さん、今なにかムカツク事考えていませんでした? 顔見ていたら無性に腹が立ってきたのですが、」
うそーん、この人、めっちゃ勘鋭いよ。
「そんな事ありません。気のせいじゃないですか? そんな事より、早く黒十字様のお部屋に行きましょう。ささ、急いで、急いで」
水渦さんの背中を押しながら洗濯物の上を進んでいく。
見ちゃいけないと分かっているのに床を見れば……うわぁ……ブリーフも混ざってるよ、どうせ一回履いたヤツだよねぇ……キツイなぁ。
ああ、ここに大福がいなくて本当に良かった。
こんな不衛生な所にウチのお姫様を連れてきたくないもん。
僕らのリーダーも汚れ物に直に触れたくないようで、『トゥッ』の気合で床を蹴り上げ跳躍し、左右の壁を交互に蹴り飛びながらドアの前まで進んでいった。
ほんの数メートルにメンタルをやられつつ、なんとか突き当りに到着した僕は、
「じゃ、開けますよ?」
ドアノブに手を掛けた。
廊下でこんなにスゴイんだ、部屋の中はこんなもんじゃないんだろうな。
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