第六章 霊媒師OJT-2

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生と死の狭間。 朦朧とする意識の中で一つだけ理解した事がある。 どんなに抵抗しても力で敵わない相手からの暴力。 それがこんなにも怖いって事だ。 11年前、田所さんが味わった恐怖。 それでも娘さんの為に最後まで闘った勇敢さ。 僕にはない圧倒的な強さ。 僕には到底真似できない。 すぐにでも逃げ出してしまうだろう。 霊媒師なんて危険な仕事、やっぱり選ばなければ良かった。 僕がもし生きて還れたら霊媒師を辞めて、もっと普通の仕事を探そうと思う。 僕がいなくなったって社長がいる、まだ会った事はないけど他にもっと優秀な霊媒師がいる。 きっと彼らが田所さんを祓うのだろう。 祓う? そう、祓うんだ。 成仏じゃなくて祓われる。 祓われた霊はどうなるんだろうな? 消えてなくなってしまうのかな? 消える瞬間、苦しかったりするのかな? 命を失ってまで助けた娘さんが、祖父母に引き取られ無事に成長している事も知らないまま、明るい場所にも逝けないまま、辛い気持ちを抱えたまま、滅されてしまうのかな? ……それでいいのか? せめて娘さんが無事である事を、田所さんが守りきったって事を教えてあげるべきなんじゃないだろうか? よく頑張りましたねと、優しい声の一つでもかけるべきじゃないだろうか? いや、何を言ってるんだ……今、僕はその田所さんに殺されかけているんだぞ? そんな事教えてあげる余裕もないじゃないか。 …… ……… 混濁する意識の中、痛みや苦しみすらよくわからなくなっている。 霊媒師になって5日。 せっかく無職から抜け出したというのに辞めたらまた逆戻りだ。 短い職歴になっちゃうな。 次の会社の面接で突っ込まれるだろうな。 次の会社……あるのかな。 生きて還れるのかな? もしかしてこのまま死んじゃうのかもしれないな。 死ぬ……? ああだけど、まだかろうじて生きていて、まだ現場にいる。 社長に会えていないから、僕はまだ辞表を出していない。 そうか……僕の状況や気持ちに関わらず、 まだ僕は、 今僕は、 霊媒師だ。 田所さんに“おまえは何もわかっちゃいない”と言われようとも、殺されかけていようとも、霊媒師なら成仏させる方向に持っていくのが今の僕の役目なんじゃないだろうか。 営業職の頃、他の社員が炎上させた取引先に謝罪に行って軟禁された事があった。 相談センターにいた頃、住所非公開なはずのセンタービル前で、クレーム対応したお客様に待ち伏せされた事もあった。 どちらの時も少なからず命の危険を感じつつ、僕自身で解決してきたんだ。 今僕は新たな危機の真っ最中で、それでもどうせ死ぬなら最後にカッコつけてみたいじゃないか。 自信はないけど辞表を出すまで、せめてそれまでは頑張ってみたい。 それにはまず田所さんに僕の殺害を中断してもらわなくちゃならない。 どうしたら…… ますます意識が途切れる中で僕がやっと考え出した方法。 相手を怯ませ動きを止めるにはこれしかないし、その効果は僕が一番よく知っている。 僕は渾身の力を込めてグイグイと身体を捩じり首に若干の隙間を作る。 これがラストチャンスだと声を絞り出した。 「な、なぁ、貴子……ぼ、僕に抱かれる気は、気はあるか?」 言い終えて僕は一気に熱が上昇するのを感じた。 見なくてもわかる、首を絞められうっ血した顔色は、真っ赤に変化しているに違いない。 正直、猛烈に恥ずかしい。 いや、恥ずかしいなんレベルじゃあない。 大声で叫び散らし、どこか遠くに隠れたくなるような羞恥が僕を支配した。
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