第十四章 霊媒師 ジャッキー

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跪き這いつくばるピンクバンダー氏が、ジャッキーさんに詰め寄った。 『そんな……悪霊化って嘘だろ……?』 『残念ながら嘘じゃない。絵里ちゃんは生前虐待されていたようだし死因も他殺。しかも実の親に熱湯をかけられて放置されるという酷い方法だ。母親でいる事よりも女でいる事を選んだ身勝手な奴に殺されたんだ。まだ9才で親の愛情が必要な時期なのに、どれだけ淋しくて辛かった事だろうね』 『なんで!? おかしいだろ! お嬢はずっと辛かったのに! 死んでしまった事はかわいそうだけど、それでやっと酷い母親とゲスな男から解放されたのに! 吾輩達と楽しく仲良く暮らしてきたのに! ようやく気兼ねなく笑えるようになったのに! なのにお嬢はまた苦しまなくちゃいけないのでありますか!?』 絵里ちゃんに気付かれないように押し殺した声は、怒りと悲しみに震えている。 『そうだ、このまま憑依を続ければ苦しむ事になる。さっき水渦(みうず)さんが言ったように、通常、人は死と同時に病気やケガから解放される。例外として解放されないのは強い恨みや悲しみを抱えた幽霊だ。強い負の感情と生前の病気やケガが紐づけされて、本来完治できるものができなくなり、それらを引き継ぐというイレギュラーを起こしてしまうんだ』 強い負の感情とが紐づけされたイレギュラー。 そうだ、僕はそれを知っている。 ユリちゃんのお母さんである貴子さんだ。 死して尚、愛する娘を守る為、闘争心剥き出しであのアパートに憑りついていた彼女は、殴られ蹴られ、殺害された記憶と計り知れない苦痛を抱え、生前の傷を負ったまま幽霊になったのだ。 …… ………… 絵里ちゃんとユリちゃん。 名前は一文字違いなのに。 自分の娘に熱湯をかけて殺してしまう母親もいれば、自分の命を捨ててまで守ろうとする母親もいる。 同じ母親なのにどうしてここまで違うのだろう。 『絵里ちゃんの生前や死因を考えれば、亡くなって幽体化する時に火傷を引き継いでもおかしくはない、だが引き継がなかった。それはどんなにひどい目に遭わされても、変わらず母親を慕う純粋さがそうさせたんだ』 ____お母さんにヒドイコトしちゃだめなのです、 オタク幽霊達が絵里ちゃんの母親を呪いに行こうとした時の、健気な言葉が思い出された。 絵里ちゃんの母親は今なにを思うのだろう? 娘の命を奪った事に後悔や悲しみはあるのだろうか? そうでないなら絵里ちゃんが浮かばれないよ。 『このままいけばなんの問題もなかった。だがリバウンドによる火傷が全身に広がれば、生前の……いや、火傷に紐づく記憶が心身共に生々しく甦ってしまう。想像できるかい? 娘より男を優先する母親、その男に辱めを受ける嫌悪感、その現場を押さえても怒りを向けるのは娘に対してだ。たった9才の女の子に“売女(ばいた)”と怒鳴るくらいにね。挙句、熱湯シャワーで殺された』 怒りが滲むジャッキーさんの声、その横ではピンクバンダー氏が口元を押さえて嗚咽している。 無理もない、ピンクバンダー氏にとって絵里ちゃんは特別なのだから。
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