第十四章 霊媒師 ジャッキー

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まわりに気を遣っているのだろうか? 急な禁止令に対し絵里ちゃんは、不満のひとつも漏らさずに『仕方がないのです』と笑っている。 そんな様子を2人で視ていると、 「染みついて取れないのですよ」 水渦(みうず)さんが一言呟いたのだが、言っている意味が分からない。 なんの話だ……? 「生前、ああする事が身を守る為の手段だったのでしょう。自分の希望が通らなくても文句を言わない、大人には逆らわない、なにをされても我慢する。心を無にして理不尽が通り過ぎるのをひたすら待つ。それが染みついているから、いきなり憑依を禁止されても素直に聞くんです」 ああ……あの聞き分けの良さは“諦め”からきてたのか。 生前、我慢ばかりを強いられてきたのに、ここでまた我慢させなくてはならない。 誰にも大事にされずに短い人生を終わらされ……これじゃなんの為に生まれてきたかわからないよ。 なんとかできないだろうか……? 「岡村さん、もう一度言いますが余計な事は考えないでくださいね」 冷めた目で僕を見下ろす水渦(みうず)さんに僕は食って掛かかった。 「だけど! 絵里ちゃんはまだ9才の子供なのに我慢と諦めばかりの人生で、良い事なんてほとんどなくて、苦しい事ばかりで、そんなの辛すぎまます! あまりにも悲、」 言いたい事はたくさんあるのに、それ以上の言葉を繋げる事はできなかった。 そばに立っていた水渦(みうず)さんが、落ちるように身を屈め、距離を詰めてきたからだ。 息を呑み、動けない僕に向かって彼女はこう言った。 「いいじゃありませんか。染みついた我慢癖のおかげで絵里さんは悪霊にならずに済むのです。それとも“カワイソウだから”と憑依を許しますか? 許せば悪霊になるしかありません。そうなったら私があの子を滅してもいいですよ? コンビニの店長を()った時のようにね」 「……!!」 「不満そうな顔ですね。絵里さんに同情するのは勝手ですが、岡村さん、なにか勘違いしていませんか? 絵里さんは“ただのカワイソウな子供”ではありませんよ? むしろ逆で、過酷な家庭環境の中“たった1人で9年間生き抜いた強い子供”です」 「…………強い子供……?」 「そうです。少なくとも岡村さんが思っているよりは強いと思います。 それから誤解しないで頂きたいのですが、なにも岡村さんを全否定している訳ではありません。同じ虐待被害者でも生者なら同情も役に立つでしょう。『かわいそうに、辛かったね』と保護するのも良いでしょう。その救済が未来に繋がるなら意味があります」 「…………」 「ですが絵里さんは死者なのです。彼女に来世はあるかもしれませんが、絵里さんとしての未来はありません。 だからこそ、生きる為にあらゆる事を我慢してきた彼女を、忍耐という手段で闘いきった彼女を、ただ憐れむのではなく褒めてください。 よく頑張ったと、よく我慢したと、よくぞ9年生き抜いてきたと」 相変わらずキツイ物言いの水渦(みうず)さんだが、言われた言葉に僕はハッとした。 そうだ……絵里ちゃんは誰も味方がいない中、たった1人で頑張ってきたんだよな。 平凡な家庭に生まれ育った僕には無い強さを持っている絵里ちゃんを、同情だけで憐れむなんて失礼だ。 僕が過ごした幼少期の9年間とはまるで違う。 気付けなかった自分が恥ずかしいよ。 珍しく他人に肩入れする水渦(みうず)さんは、どこか絵里ちゃんと自分を重ねて視ているのかもしれない。
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