第六章 霊媒師OJT-2

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ぺたぺたとした足音が耳元に聞こえた。 うっかりうたた寝をしていた僕は薄く目を開け飛び起きた。 田所さんがそばに来ていたからだ。 だってそうだろう? 田所さんはスカートだ、覗く訳にはいかない。 田所さんは子供のようにモジモジと指先をこねている。 そして小さいけれど弾む声でこう言った。 『岡村さん、桜……桜がきれいです……ありがとう、本当にありがとう』 「あ! そんないいんです! 桜というか桜モドキというか、よく見るといびつな花ばっかりだし! でも田所さんが少しでも喜んでくれたら僕もすごく嬉しいです、こちらこそありがとうございます!」 喜んでくれる女性を前に僕のこのテンパりようといったら…… って、仕方ないんだよ。 モテない僕は女性と二人きりで話す機会にはほとんど恵まれてこなかった。 なもんですぐにテンパってしまうのだ。 『……岡村さんは、私を見ても“化け物”って言わないんですね』 「そりゃ、化け物じゃないですから」 ケガを負った女性を化け物だなんて思わないよ。 『私を“田所”と名前で呼ぶわ』 「だって田所さんでしょう?」 さっきは図々しくも“貴子”なんて言っちゃったけど。 『それと私に桜を見せてくれた』 「だから、モドキですって」 あまり近くで観察しないで。 『岡村さん、さっき私の話が聞きたいって、すべてが知りたいって言ってましたよね?』 「はい……でも軽率な事を言いました」 あなたを傷つけてしまった。 『岡村さん、私が殺された時の話、聞いてくれますか?』 「え……でも辛いでしょう? 無理しなくていいですよ」 本当に無理しないで、気を使わないで。 『確かに辛いです。でも、岡村さんには聞いて欲しい』 そう言い切ると田所さんは、細い肩を震わせて真っ直ぐに僕を見つめた。 固い決意が伝わってくる。 「座りましょうか」 僕らは満開の桜の下、向かい合って座った。 その時、風もないのに大きく桜が揺れた気がした。
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