2366人が本棚に入れています
本棚に追加
~8年前・ジャッキー40才誕生日の夜~
壊れたドアから屋上に出た時、思わずため息がもれたよ。
雲一つない満天の星空。
廃ビルは3階建で、たいして高くはなかったのに、なぜか星が近くに感じてね。
何年もまともに空を見てこなかったから、そう思えたのかもしれない。
毎日パソコンばかり眺めていたせいで、慢性的な頭痛でさ。
日に3回は鎮痛剤を飲んでいたのに、この時ばかりは痛みも吹っ飛んでしまったよ。
「キレイだなぁ、」
買った酒の最後の一本を飲み干して、そのまま寝転んで星を見てたの。
そしたらね、しばらくして、どこからともなく小さな声が聞こえてきたんだ。
____ジャッキー……ジャッキー……
……?
誰だ……?
空耳か……?
____ジャッキー……ここだ……俺達はここにいる……
空耳じゃあ……なさそうだな……誰だ……?
自分を“ジャッキー”と呼ぶのは、スタント時代の仲間しかいないはずなのに。
____ジャッ……ジャッキ……ジャッキー……
____ジャッキー!
だんだんとはっきり声が聞こえてきた。
間違いない……誰かが自分を呼んでいる。
どこだ……どこからだ……?
屋上じゃない、もう少し距離があるようだが……
____ジャッキー、ここだ! 下だ!
下?
このビルの下から呼んでいるのか?
声の主は複数いるようだが、こんな夜中に正体がわからない。
もしかして……自分が部屋にいない事が家族にばれたんじゃないか?
警察にでも連絡して、自分を探しに来てくれた人達が下に集まっているのでは……って、いや、もしそうなら“志村さん”と苗字で呼ぶだろう。
自分が“ジャッキー”と呼ばれていた事を家族は知らないはずだ。
____ジャッキー! なにをしている! 撮影時間は押してるんだぞ!
……!!
____安心しろ! 必ずオマエを受け止めてやるっ!
____この仕事は人を疑ったらオシマイだっ!
____俺達スタッフを信じろっ!
一瞬にして鳥肌が立った。
正体不明の声が怖いからとか、そんな理由からじゃあない。
あまりにも懐かしすぎたんだ。
この言葉、今でもはっきりと覚えてる。
そうだ、忘れるはずがない。
自分がスタントマンとして初めて現場に立った時、こんな廃ビルの屋上から飛び降りるシーンだった。
新人の初現場。
回るカメラに、たくさんのギャラリー。
緊張は臨界点を振り切っていた。
足がすくんで冷や汗掻いて、なかなか飛ぶ事ができない自分に、下で待ち構えるスタッフ達が檄を飛ばしてくれたんだ。
____ジャッキー! 安心しろ! 絶対に死なせはしない!
と。
最初のコメントを投稿しよう!