第十五章 霊媒師 打ち上げ、そして黄泉の国の話

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◆ タッキー店長に丁重にお礼を言って、自分達は美容院を後にした。 「また来てねぇん」なんて手を振ってくれたのだが、あれだけしてもらって代金を払わずに出てくる事にひどく戸惑いを感じた。 「そのうち慣れるよ」 そう女神は言うのだが、ここでひとつ疑問が沸いた。 「店で働く人達は給料をもらっていなんだろう? それってなんのメリットがあるんだ?」 一日何時間働くのか知らないが、貴重な時間を無償労働に費やすなんておかしな話だと思うのだが。 「メリットねぇ……さあ、どうだろう? 楽しいからじゃないのか?」 「楽しいから……?」 「うん。ココは基本生活の心配がないし、老いや病気とも無縁だ。だからその分、毎日を全力で楽しめるんだよ」 「遊びに全振りってコトか」 「ショッピング以外でも楽しみはいっぱいある。映画や舞台を見たり、絵を描いたり、ゲームをしたり、勉強したり、みんなで集まってパーティーしたり色々な。もちろんスポーツも盛んだ。死者でも思いっきり運動をすれば、汗もかくし疲れもする。だが回復力が生者のそれとはまるで違うから、いくらでも動けるんだ」 そう言われてみると……光る道をぶっ通しで走ってきたが、息も切れないし疲れもしなかった。 気持ちの良い疲労感は感じたが、数分も休めば体力も気力も全回復した。 これが肉体を持たない死者の身体という事なのか。 「どんなに働いても疲れないんだ。体力の問題からは解放される。となると後は、楽しみとかやりがいだよな。美容院にいたタッキー店長は生きていた頃、コナモノ星で超有名なカリスマ美容家だったんだ。メイクにスキンケアにファッションにと店長は数多の流行を作ってきた」 賑やかな街を歩きながら女神が2度指を鳴らすと、紙コップに入ったアイスコーヒーが2つ出現した。 その1つを自分に渡しながら、女神は話を続ける。 「美とファッションを極めた店長が唯一、手をつけていない……いや、つけられなかったカテゴリーがヘアだ。ほら、タコ族は髪の毛がないだろう? 店長はさ、黄泉の国(ココ)に来て、髪の毛がある異星の連中を見てめちゃくちゃ驚いていた」 まぁ、タコだからねぇ。 髪はないよなぁ。 「自分の知らないファッションがまだあった! そう言って、元カリスマのプライドを捨て1からヘアの勉強を始めたんだ。寝る間も惜しんですごく頑張って、その結果、自分の店を出すまでになった。……な、これも十分働く理由になるだろ?」 タッキー店長と自分では立場もなにもかもが違う。 カリスマなんてスゴイもんじゃなかったし、自分はただの吹き替えだ。 それでもスタントマンの仕事が大好きだった。 両足を失って、もう二度と飛べないと思っていたけど、黄泉の国(ココ)でなら、また飛ぶ事ができる。 あの風を再び感じられるなら、成功した時の達成感を得られるのなら……うん、報酬なんて関係ない。 「そうか……そうだな。なんとなく気持ちは分かるよ、」 うん、と短く答えた女神は、グイッとコーヒーを飲み干した。 紙コップを捨てるゴミ箱は……と、自分があたりを探している横で、パチンと指を鳴らし空いたコップを消してしまった。 一体どういう仕組みなんだろう。 黄泉の国(ココ)で暮らすようになれば、自分にもできるようになるのかな。 それはそれで便利で楽しそうだ。
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