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「あーっ! ウチ、あの店に入りたーい! ジャッキー、付き合ってくれよ!」
このセリフを10回は聞いたと思う。
入国手続きセンターは終日開いている。
急ぐ必要はないからと、女神の買い物に付き合わされた。
服に靴に化粧品、とにかく引っ張りまわされた。
途中、喫茶店で(女神はカフェと言ってたが)お茶を飲み、一度行った店にまた戻るというコトを繰り返していたら、すっかり日が暮れてしまった。
「久しぶりにたくさん回ったー! ジャッキー、付き合ってくれてありがとな!」
女神のワンピースが茜色に染まっている。
腰まで伸びる長い髪が左右に揺れて、隣に並ぶ自分の手をくすぐった。
「いいんだ。自分も楽しかったよ」
明るいうちに街を歩くなんて一体何年振りだろう?
ここ数年、穴蔵のネズミのような生活をしてきた。
みんなが自分を馬鹿にしてる気がして、人の目を避けるには部屋にこもるしかなかったからだ。
黄泉の国にいる死者達は、容姿も文化も生まれた星も何もかもが違う。
だがそれを問題としない。
無職の引きこもりも、システムの天才も、カリスマ美容家も、みんながみんな対等で、それぞれ自由にやっていた。
そんな黄泉の国だから、女神が誘ってくれたから、気が付けば夢のような1日を過ごしていた。
強引な女神に振り回されて、なのに楽しくて仕方がなくて。
なんだか昔の自分に戻れたような、そんな気にさえなっていた。
「そうか、良かった。また一緒に街に来よう。黄泉の国には遊べる場所が他にもたくさんあるんだ。100年あっても回り切れないくらいにな」
また一緒に来よう……か。
次なんてあるのかな?
あるといいな、また女神に会いたいな。
明日も明後日もその次も、毎日でも会えたらいいのに。
……
…………ばかな、なにを考えているんだ。
そんなの無理にきまってる。
今日一緒にいれたのは、それが女神の仕事だからだ。
女神は光る道の担当者だと言っていた。
死者の魂を光る道に乗せ、黄泉の国まで迷わないよう誘導する。
到着したら入国手続きに同行し、完了すればおしまいだ。
明日になれば、また新しい死者を迎えるのだろう。
日々の忙しさに、きっと自分の事など忘れてしまう。
「ジャッキー、そろそろ入国センターに行こう。大丈夫、心配するな。終わるまで面倒見るから」
終わるまで面倒を見てくれるのか……ありがたいな。
だけど手続きが終わったら、もう会えなくなるのだろう?
「こっちだ、」
自分を見上げる可憐な笑顔が、なんだか妙に胸を締め付けた。
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