第十五章 霊媒師 打ち上げ、そして黄泉の国の話

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◆◆ 夜の大草原に2人きり。 ゴロリと寝転び、自分の胸に女神が背をつけ寄っかかる。 時折振り向き見上げる顔が眩しくて、死んで良かった……と、あの地縛霊達には感謝の念すら沸いていた。 「ごめんな。もう息は苦しくないか? どっか痛いトコないか?」 強く抱きしめすぎた自分の失態で、女神には苦しい思いをさせてしまった。 良い大人が情けない。 享年40才。 こんな情けない中年男にもそれなりの歴史があった。 誰かを好きになったり付き合ったり、それが多いのか少ないのかは知らないが、ある程度の経験値なら持っている。 ただ、こと自分がスタントマンになってからは、恋人ができたとしても優先順位はいつだって仕事が1番だった。 同列2番にトレーニング、3番に友人、4番に恋愛の位置付けだ。 それゆえ恋愛に対しては、いつだって自分を見失わない程度の余裕を持っていた。 それがどうだろう? 相手が女神になった途端、余裕というものが一切なくなってしまった。 特殊な状況で出会ったからだろうか? いきなりオマエは死んだのだ、という出オチに似たスタートにパニック状態。 光る道の担当者だという若すぎる女神を前に、最初はただキレイな女の子という認識だった。 知り合ってたったの1日だというのに。 好きで好きでたまらない。 心も身体も時間もなにもかも、女神のすべてが欲しくてたまらないのだ。 一目惚れするタイプではないと思っていた。 見た目がキレイな子はもちろんキライではないけれど、話が続かない子は一緒にいてキツイ。 人の気持ちが分からない子も話していて疲れるし、重く依存してくる子には拒否反応が出る。 見た目よりも気持ちが合うか合わないか。 そこが一番知りたいのだ。 一目だけでは分からない。 かと言って、気持ちが合うと思っても、何度か抱き合い自然消滅してしまう子もたくさんいた。 ただ、どの子も足を切断してからは連絡が取れなくなった。 淋しくて不安で手あたり次第に電話をかけた事もあったが着信拒否にされた。 スタントマンではなくなり、職も金も足も失った男に誰も見向きもしなくなった。 義足の引きこもりの最期は、地縛霊に殺されて、死んだコトにも気づかずに黄泉の国までやってきた。 一番ボロボロの状態だったんだと思う。 小汚い中年はコンプレックスの塊で、いつも誰かに後ろめたくて下を向き、まわりがだんだん見えなくなった。 女神はそんな自分を馬鹿にするでも同情するでもなく、鼻血を出せば躊躇なくキレイなハンカチを貸してくれた。 美容院に連れてってくれた、終わるのをソファでずっと待っててくれた。 仕上がった自分を見て、頬を染めて褒めてくれた。 一緒に買い物をし、また来ようと言ってくれた。 わざわざヨレたTシャツとジャージに着替えて驚かせてくれた。 オッサンのような気取らない喋り方、子供のようにいたずらをしかけ、腕の中では壊れ物のような繊細さを見せた。 ああ、こんなの好きにならない方がおかしいだろ。 のめり込む程、自分を見失いそうになるくらい、女神が好きでたまらない。
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