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「もうダイジョウブだよ……ごめんね、心配したか?」
緩めた腕の中。
女神の身体は死者と思えないほど温かかった。
そのぬくもりに、命の境界が曖昧になる。
死ぬってなんなんだろうな、と考える。
黒猫の艶の毛に水飛沫を散らしたような、女神の髪が静かに瞬いていた。
あんなコトをされたというのに、逃げるでも責めるでもなく、大人しく幼子のように手遊びをしている。
黙ったまま手指をこねて、だがきっと手遊びはどうでもよくて、自分がなにか話すのをジッと待っているように見えた。
なにを話せばいいのだろうか、
出会ったばかりで、こんなにも執着していると正直に言えば良いのだろうか?
アナタが欲しくてたまらないと素直に言えばいいのだろうか?
それとも、無理に抑えた熱量は、いつ爆発してもおかしくないのだと警告すればいいのだろうか?
どれもこれも、女神に嫌われそうで言えそうにない。
「ごめんな、」
絞り出したのはありきたりな、それでいてなにが“ごめん”なのか分からない、形ばかりの音だった。
「なにが“ごめん”なの?」
なにが、と見透かされた問いかけに、もっともらしく女神に答える。
「……女神にあんなコトをした。大草原に戻ってきた時に、アナタを襲わないって言ったのに。ごめんな……もう、」
しないから、と続けようとしてやめた。
そんな約束、守れる気がしない。
抗えない。
きっとまた、おかしくなるに決まってる。
「………………怖かったか?」
聞いたのは自分なのに、答えを聞くのが恐ろしかった。
怖がらせていたらどうしよう、嫌われたらどうしようと、まるで女を知らない小僧のようにざわついた。
「……ううん、」
少し間が開いて、短いけれど確かな否定に胸を撫でる。
「…………辛かったか?」
「……少し、でもだいじょうぶ」
「…………痛かったか?」
「……ううん、」
もう二つ胸を撫で、そして、
「…………嫌いになったか?」
と聞いた。
顔は見えない。
背中を包むように抱きながら、耳元に問いていた。
遊ぶ細指が止まり、
女神は首だけで振り返ると「ううん、ならないよ」と答えてくれた。
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