第六章 霊媒師OJT-2

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本当はわかっています。 答えは“否”です。 ああ、でも、このチャンスを逃したら東京で就職する事も、家を出て一人暮らしをする事も出来ないでしょうし、田んぼと畑に囲まれた小さな町で一生を終える事になるのでしょう。 もしかしたら後悔するかもしれません。 それでも……そうだとしても、やっぱり寂しそうな父を見たくないと思ったし、母に嘘をつくのも苦しくなって頭の中はグチャグチャになりました。 だけど、きっと、そうなんです。 私にとって家族はこんなに悩むほど大切なんです。 そう気が付いたら、あんなに憧れていた東京に行きたいと思えなくなっていました。 「お母ちゃん、私……東京に行くのやめようと思うの」 夕飯の支度をしている母の背中に、私がそう話しかけると母は驚いて振り向きました。 そして包丁をまな板の上に置きながら、 「貴ちゃん、お父さんの事なら大丈夫だよ。お母ちゃんが、ちゃんと話をしてあげるから。貴ちゃんは美容師さんになりたいんだろう? 親の為に夢を諦める事はないんだよ」 疑う事を知らない母の真っ直ぐな言葉に、美容師になりたいというのは嘘だったとは言えなくなりました。 だからいかにも考えた風を装って、 「いいの。よく考えたら私、美容師になれるほど器用じゃないって思い出したの。それに東京で働きながら学費稼ぐのも大変そうだし。私、これからはお母ちゃんにかわって家事をするよ。そりゃあ最初は教えてもらわないと、うまくできないかもしれないけどさ」 「貴ちゃん、学費ならお母ちゃんが出してあげるよ? 子供は親に甘えていいんだからね」 「お母ちゃん……ありがとう。でも、ごめん、違うの、本当は、本当はね、私、自分の事しか考えてなくて、美容師になりたいっていうのだって……、」 私はもう罪悪感と自分が情けないのとが混ざり合い、涙が出てそれ以上話せなくなりました。 やっぱりちゃんと嘘ついててごめんなさいって謝ろうと、ううん、謝りたいと思ったのに、だけど結局、本当の事も、言い訳も、感謝の言葉も、涙にじゃまされて、何もかも出てこなくて、ただ母の胸で泣く事しかできませんでした。 母は何かを感じとったのでしょう。 私にそれ以上何も聞かずに強く抱き締めてくれました……。
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