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僕は田所さんの話を聞きながら不思議な感覚に陥っていた。
淡々と語られる声だけでの情報。
それなのに……僕の脳内には話の内容とマッチした映像が、途切れ途切れではあるが、鮮明に割り込んでくるのだ。
抜けるような青い空。
遠からずの目線の先には、なだらかな曲線に雪化粧の山肌が見える。
ガタンゴトンと音をさせ、ゆっくりと目の前を横切るのはおもちゃ箱のような一両編成。
砂と砂利がほどよく混ざり固まったあぜ道は、果てない田畑に囲まれて、まるで映画の中に出てきそうな田舎の風景が見える。
最初に風景の映像が流れ込んできた時、僕は特に気にもとめなかった。
昔見たなにかの映像がイメージとして浮かんだだけだと思ったからだ。
だけど。
目を細め娘のアルバムを眺める中年男性……
その様子を複雑な表情で見つめる美しい少女……
キッチンで料理をする優しそうな中年女性……
いかにも女の子らしい部屋の中で言い争う二人……
大きな荷物を持って泣きながら家を飛び出す少女……
それらの映像がノイズ混じりに割り込んでくる。
これは田所さんの記憶なのだろうか……?
いや……記憶とは少し違う気がする。
映像の中では田所さんの全体像を見る事ができた。
あれが田所さんの記憶の映像というなら彼女の視点でないとおかしい。
あの映像はまるで……そう、まるで、僕があの場で田所さん達の様子をそばで眺めているような、そんな感じがしてならないのだ。
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