第十五章 霊媒師 打ち上げ、そして黄泉の国の話

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◆◆ ドンッ! 高い所から落ちたような強い衝撃を受けた。 身体が重い……それにあちこち痛む。 「……マ……ジョ……」 愛しい妻の名前を呼んだつもりだった。 だが、声が掠れてうまく言えない……ここは…… 「ジャッキーさん!!」 自分を覗き込むグチャグチャな泣き顔が視界に入る……小林だ。 ああ、とうとう現世に戻ってしまったんだな。 今頃マジョリカはどうしているだろうか……? 「みなさん、ジャッキーさんが目を覚ましました……! 生きてる……還ってきてくれた……!」 崩れるように病室の床に膝をつき、ベッドに縋り声を殺して泣いている小林がなんだかとても小さく見えた。 「お兄ちゃん……!」 「貞治……!」 小林に声を掛けられた妹と両親もベッドの傍に駆け寄って、やっぱりみんなグチャグチャだった。 家族が泣いている。 だけど、白雪ちゃんから見せてもらった映像の表情とはまるで違っていた。 嬉しそうな、安堵したような、涙の中に喜びが見て取れた。 無職の引きこもり、家族のお荷物である自分が生きている事で、こんなにも喜んでくれる。 自分は今まで一体何をしていたのだろう。 迷惑をかけて、心配をかけて、だけどこんなにも愛されていたんだ。 それが見えていなかった。 身体が良くなったらすぐに仕事を探そう。 今度こそ家族を安心させるんだ。 蹲る小林がそっと立ち上がった。 自分を囲み泣いている家族を見て、黙って病室から出ていこうとしている。 「……こ、ばや……し」 クソッ、声が思うように出ない。 なんで現世にはオートリカバーがないんだろうな。 小林が行ってしまう。 「待って小林さん! お兄ちゃんが呼んでるみたいなの」 止める妹の声に、丸めた背中で振り返る小林は「俺を呼んでる……?」と驚いた顔をして、それでもすぐにベッドの脇まで来てくれた。 「ジャッキーさん……すいませんでした……俺のせいで……」 膝をつき、祈るように謝る小林の目は腫れていた。 この7年間、こうやって何度も謝らせてしまったんだな。 「……んだ……」 「なんて言ったんですか、ジャッキーさん、お願いだ。もう一度聞かせて」 小林の老け込んだ顔は自分の口元に近づいて、発する言葉を待っている。 頼むな……今あんまり声が出ないんだ。 聞き取ってくれ、自分にとっても小林にとっても大切な”コトバ”だ。 「こ……ばやし……もう、いいんだ……今まで……悪かったな……自分はもう……ダイジョウブだ……」 自分に顔を寄せたまま、小林は固まっていた。 ちゃんと伝わっただろうか、聞き取れただろうか……? その答えはすぐに知れた。 いい大人であるはずの小林は「すいません、すいません、ありがとうございます」と火が着いたように泣き出した。 ベッドのシーツに顔を押し付け、肩と背中を震わせて、グチャグチャに嗚咽を漏らし続けていた。 長いこと悪かったな。 二人苦しむのは今日で終わりだ。 “ダイジョウブ” 発した “コトバ” は言霊となり実行されるんだ。 今度一緒に飲みに行こう。 一杯奢るよ。 ただし、仕事が見つかってからな。
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