第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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二人の空気はただならなくて、本当ならこの場から立ち去った方がいいのだろう。 だけど……ジャッキーさんは言っていた。 ____女性と二人で部屋にいるのはいただけない ____あらぬ誤解を生む事になる と。 さっきまでは、そんな大袈裟なと思っていたけど、今の二人の雰囲気はただ事ではなさそうだし、立ち聞きなんてダメなコトだが、むしろこのまま僕がいた方がいいんじゃないかと留まる事にした(決して覗きではない)。 ドア手前の壁に寄り掛かる僕に、室内(なか)を伺う事はできない。 開けたままの出入口からは、二人の声だけが聞こえてきた。 ガタガタッ! 研修室内から、硬いものがぶつかるような、何かを引きずるような、そんな音が聞こる。 「やめてよ! 手ぇ離してよ!」 「ごめんな。でも、こうでもしないと机の下から出てこないだろ? 頭を打ったらちゃんと見た方が良い。ぶつけただけだからと油断したら駄目だ」 「ウルサイ! えらそうにするな! もういいからほっといてよっ!」 弥生さん……言い方にトゲがあるな。 なんでそんなに怒ってるんだろう? ジャッキーさんはどこか慣れた感じもするけど…… 「ほっとけないよ」 「大きなお世話! ぶつけるくらい、飲んでる時はしょっちゅうだ!」 「……弥生、いつも言ってるけど、あまり無茶な飲み方はしないで、身体に悪いよ。それから夜帰る時はタクシーを使って。夜中の一人歩きは危険すぎる」 「はぁぁ? ナニ言ってるの? 酒くらい好きに飲ませろ、心配なんかしてないクセにっ! あぁっ! もう離してよ! アンタしつこい! アッチ行け!」 「イテッ! ほら暴れないで、あ、コラッ! 逃げるな! 少しは大人しく出来ないかな、ツッ! 子供かよっ、噛むんじゃない! だからっ! また噛むっ! ああ、もういいや! こっちに来い!」 「……!! バカ、ジャッキッ! 離せっ! やめっ! ちょっ待って! ジャッ、んっ……やだよ離して……これじゃ動けない」 「離さないよ、動けないようにしてるんだ。さあ見せて、打ったのはここ?」 「ジャッキー、痛いよ……もうやだ……はなして」 「痛い? ウソ言うな、痛くないだろ? アナタへの力加減は覚えてる。打った所を見るだけだから静かにしてくれ。それとも、自由にしても暴れない? 逃げない? 約束できる?」 「……できない…………暴れるし逃げるよ、」 「じゃあ、駄目だ。離す訳にはいかない。弥生は自分の恩人なんだ。これくらいの事はさせてくれ。それから……本気で心配してるよ。弥生は綺麗だし線も細い。夜道を酔ってフラフラ歩くなんて絶対駄目だ。現に今、自分の手を振りほどけないじゃないの、アナタはか弱い女なんだよ」 「……なによ……口ばっかりでアタシのコトなんかどうでもいいクセに……本当に心配なら……昔みたいに迎えに来てよ」 「ごめんな……もう迎えには行けないよ、自分は既婚者だ。妻以外の女と二人で会うつもりはない」 「……ウザ……ウザいよ、アンタって二言目には妻妻妻。そんなに奥さん大事? 大体マジョリカは奥さんって言えるの? 8年前に一日会っただけでしょう? アタシの方がいっぱい会ってる、現世(ココ)にマジョリカはいないんだよ? そんなのおかしいよ!」 「おかしいか? 笑っていいよ。自分と妻が信じあっていればそれでいい。……何度も言ったが、自分は妻以外の女は愛せない。だから弥生の気持ちに応えられない。それでもアナタの気が済むまで、自分になら何をしたって構わない、」 え……なんなの……この会話……アナタノキモチニコタエラレナイ? それってやっぱり……そういう意味、だよね。 なにがどうなっているのか分からない。 僕はもう二人の会話から耳を離せなくなっていた。
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