第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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深呼吸を一つ。 開いたままのドアを軽くノックして、研修室に足を踏み入れた。 「遅くなってすいません。タオルを濡らしてきましたから、これで頭を冷やしましょう」 床に座り込んだまま、俯く弥生さんがすごく小さく見えた。 まるでこっぴどく怒られた子供のようで、声を掛けるのも躊躇ってしまう。 僕はなるべく静かに、そして何も知らない振りをして弥生さんに近づいた。 「まだ痛いですか? けっこうスゴイ音してましたもんね」 隣にしゃがみ、濡れたタオルを握りしめて返事を待った。 しばらく黙っていた弥生さんさんだったが、 「エイミーちゃん……話、聞いてたんだろ?」 小さな声でそう言うと顔を上げ、ふにゃりと情けない顔で僕を見た。 ドキっとした。 やはりバレてたか……という後ろめたさと、社長にさえパンチを入れる強気な弥生さんがあまりにも弱々しかったからだ。 聞いてません、何も知りません、と言うのが大人の対応なのだろう。 でも、 「……はい。ぜんぶ聞いてました」 聞くつもりはなかっただの言い訳をせずに正直に答えた。 「……あはは、だよね」 意外にも弥生さんは怒らなかった、怒られると思ってたのに。 状況から察するに、弥生さんの片想いだ。 普段から綺麗な弥生さん。 メイクや髪の効果もあってか、今日はさらに綺麗で可愛らしい。 こんな女性に言い寄られたら、大抵の男性はたとえ奥様や恋人がいたとしても心が揺れてしまうんじゃないだろうか? なのにジャッキーさんは不動だった、心には奥様しかいない。 弥生さん、辛いだろうな。 「いつから好きなんですか?」 聞いていいものか。 だけど「大丈夫ですか?」とか「元気出してください」とか、それを僕が言ったらダメだと思ったんだ。 弥生さんより年下の新人からそう言われたら「ダイジョウブだよ」と答えるしかないだろう? それに、そんな言葉は同情されたと思わせてしまうかもしれない。 きっと弥生さんは同情なんてされたくないはずだ。 辛い時は吐き出した方が良い。 思いっきり誰かに聞いてもらった方が良い。 できればわんわん泣いてスッキリした方が良い。 本当なら弥生さんの仲の良い友達でもいてくれたらベストだ。 だが今ここには僕しかいない。 「ずっと前からだよ」 良かった……答えてくれた。 ダイジョウブだと笑う方が怖いんだ。 ホッとしてもう一歩踏み込んでみる。 「何年も?」 「そうだよ。もう7年、ずっと好き」
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