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「カノジョになりたいって言った時のアイツの顔。薄暗い車の中だったのにはっきり覚えてる。アイツ、泣きそうな顔をしたんだ。
返事もくれないまま黙って、ただアタシの顔を見てるの。おかしいなぁって思ったよ。ジャッキーもアタシを好きなんじゃないの? 違うの? 違うならなんでこんなに優しくするの? いつまでも黙ってるから『迷惑だった?』って聞いたんだ。そしたら『違うんだ、弥生は何も悪くない。全部自分が悪いんだ。弥生は妹みたいな存在で彼女には出来ない』って」
あははと笑う弥生さんは泣いていた。
僕はジャケットからワイシャツからすべてのポケットをまさぐって、入れっぱなしになっていた飴やらガムやらを搔き集め、弥生さんの前に置く。
それを見た弥生さんは目を丸くして笑い、「アリガト」と言ってまた泣いた。
「ウソでしょって思ったよ。”妹”だと思ってたの? それで優しくしてくれたの? 悲しかった、だから手を出さなかったんだって、やっと分かった。……でもさ、あれはカノジョになれるかもと思ったアタシの自意識過剰じゃなくて、ヤツの優しさ過剰だよ。あんなの誤解する」
はぁっと溜息をつく弥生さん。
伏せた目元はまつ毛が濡れて、小さく艶に光ってて、それがなんだかすごく綺麗に見えた。
「でもさ、アタシがフラれたのは、本当はそれだけの理由じゃなかったんだ。そもそもヤツは結婚してた。当時は知らなかったし、ヤツも言わなかった。ヤツは自分が既婚者で、黄泉の国に死者の奥さんがいるって事、説明が面倒だからと誰にも言ってなかったんだ。面接で霊視した先代は知ってたみたいだけど、誰かに喋る人じゃないしね。けど言えよって思ったわ。はぁ……せめて浮気できる男なら良かったんだけどなぁ……」
溜息をつく弥生さんに、
「でも、そういう男性なら冷めるでしょ?」
と聞くと、
「普通はね。でもジャッキーなら分からない。それでも良いと思うかも。
その告白の後、ジャッキーの方からアタシと組むのNG出して、それっきり一緒に現場に行った事はないんだ。当然ゴハンも二人じゃ行かなくなった。同時にアタシの飲む量が5倍になった」
「ごっ!? ちょいちょいちょい! 5倍はダメでしょ!」
「そうなの?」
「当たり前です!」
「またまた」
「“またまた”じゃないわ。そんなに飲みたいなら、今度僕とハーブティーを飲みに行きましょう」
「アルコールじゃないじゃん。エイミーちゃん、笑わせるねぇ」
目を合わせたまま5秒の沈黙後、僕達は同時に笑ってしまった。
「接点が極端に減って淋しかったけど、このまま時間が流れれば忘れられるかなって思ってたんだ。だけど、それどころじゃない問題が出てきて」
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