第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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「ねぇジャッキー! 帰ったらビール飲みたい!」 霊刀と六尺霊棒の打ち合いが続く。 火花を散らせた一合目の後、二合、三合、四合、五合。 ぶつかり合うたび蒼い電気の花が散り、ギンッ! ギンッ! と鈍い濁音がついてくる。 「いいな! 運動の後は喉が渇くッ! って自分は動いてないかッ!」 全力で打ち合っているにも関わらず、二人はずっと喋り続けていたそうだ。 まるでこれまでの分を取り戻すかのように。 弥生さん曰く、 「アタシ本位に考えるなら、お互い避け合っていた数か月、同じくらい淋しかったはずなんだ。だから訓練という口実はアタシ達にとって都合の良いものだった。少なくとも三カ月は離れずにすむんだから」 弥生さんが告白した事で二人の関係は壊れてしまった。 だけど、ジャッキーさんの進退に関わる訓練のパートナーは、弥生さん以外には務まらない。 ジャッキーさんなら出来ると信じて疑わず、ハードな戦闘訓練にも充分対応ができ、全国どこへでもフィギュアの動作確認に出かけてくれる。 疲れているはずなのに文句の一つを言うでもなく、いつも笑顔で明るくて、栄養バランスを考えた食事まで作ってくれる、そんなこと他に誰が出来るだろうか? 霊媒師として先輩である弥生さんの知識も深く、タイプ別の悪霊、善霊に対する対処の仕方、戦い方、説得の仕方、ジャッキーさんがふと疑問に感じた事をぶつければ、それが何時であろうと、何をしている時であろうと瞬時に答えてくれるのだ。 24時間訓練に費やすからと期間を決めた同居生活に、最初は難色を示していたジャッキーさんも日が経つにつれ、態度は軟化していったという。 休む事無く打ち合いがなされ、とうに30合を超えた頃、弥生さんに疲れが見え始めた。 「さすがにね、同じ生身の人間なら、疲れてきたらお互い睨み合う振りして休憩とったり出来るけど、フィギュアのジャッキーは無限スタミナみたいなモンだから、長期戦は辛かったんだ」 弥生さんの体力をゴリゴリ削る長い打ち合いでも、ジャッキーさんの霊力(ちから)は一定を保ち続けていた。 お喋りをしながらだと言うのに、機敏な弥生さんの攻撃を難なくかわし、かわした次の動作で攻撃に転じるのだ。 しかも、戦ってみて気が付いたのは、全長40cmのフィギュア(からだ)は地に近く、夜の暗さはその位置を見失う。 この日の最後。 霊刀の攻撃を避け、依代ジャッキーフィギュアは街灯の少ない場所に一旦退いた。 弥生さんは小さなフィギュアの姿を追ったが見当たらず、辺りを見渡し、草むらからチラリと見える六尺棒を見つけると抜き足で忍び寄り、それを目掛けて思いっきり霊刀を振り下ろした。 が、手ごたえがない。 見ればそこは何もなく、同時、木の上に潜んでいた依代フィギュアが弥生さんの背中めがけ飛び降りて、あっと思った時には首元に霊剣を当てられていた。 「ズルイぞ、ジャッキー。六尺棒はフェイクかよ」 首に霊剣を当てられたままの弥生さんは、霊刀を放り投げ大袈裟に両手を上げた。 「武器は一つじゃないんだよ、マイシスター。油断したな?」 脳内におどけたジャッキーさんの声が響く。 弥生さんは幸せを噛みしめていたそうだ。
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