第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

28/222
前へ
/2550ページ
次へ
弥生さんを悪霊と見立てての戦闘訓練は一カ月で終わりとした。 勝敗は29勝1敗。 当然ジャッキーさんの圧勝だったのだが、それでも弥生さんは1勝をもぎとっている。 それは勝負の最終日、劣勢の弥生さんが戦闘中に突然座り込み、子供のようにわんわんと泣き出した。 何事かと大慌てのジャッキーさんが「どうした、どこか痛いのか? 疲れちゃったか?」とフィギュアのリンクを切って駆け寄ると、泣いていたはずの弥生さんは豹変し、だぁーーーっと本体に飛びついた。 うわぁ! と驚くジャッキーさんは、まさかのまさか……弥生さんに組み敷かれていたのだ。 「へへっ! アタシの勝ちだ!」 勝ち誇りジャッキーさんを見下ろす弥生さんに、 「ズルイぞ、泣き真似なんて反則だ」 と抗議すれば、 「でもさ、悪霊は演技派もいるから、今みたいに騙しにかかって反撃される事もあると思うぞ? アタシは騙されないけど、ジャッキーは人が好いから心配だ。現に今も……あはははは」 とやり返す。 「確かに。今後は注意しよう。で、そろそろ降りてくれないか? 妹よ」 「嫌だね。勝利に酔うから静かにしてろ」 「酔いしれるのは勝手だが、降りてから酔ってくれ」 最初はただ単に連続29敗が悔しかっただけ。 勝負事には熱くなる性格で、1勝でいいからほしかった。 戦闘訓練最終日、勝つなら今夜しかない、そう思って卑怯な手に打って出たそうだ。 ジャッキーさんは優しい人なのだ、たとえズルをしても怒るコトはないだろう。 弥生さんは、そんな打算もあって泣き真似作戦を立てたのだ。 人の良いジャッキーさんはすっかり騙され待望の1勝を得た。 それで満足するはずだった……けど、弥生さんの腕の下には、ジャッキーさんが無防備に笑ってる、「負けたー」と脱力していて…… このままアタシがキスしたら、どんな反応をするんだろう? 怒るかな? 驚くかな? 拒否されるかな? 受け入れてくれるかな? そんな考えで頭がいっぱいになったそうだ。 嫌でも目に入るジャッキーさんの唇はガサガサと荒れていて、少し痛そうで、 だけど弥生さんもリップを忘れてきてて、だから。 そうだよ……キスじゃなくて、貸してあげられるリップがないから、荒れていて痛そうだから、だから、だから、唇をつける訳じゃない、少し舌で舐めるだけ、 それなら怒らないかな? 拒否されないかな? お願い、怒らないで、拒否しないで、アタシ頑張ってるでしょ? 日帰りで北海道から沖縄まで10カ所も行ったよ、 毎日ゴハンも作ってるよ、 手のひらの水膨れはずっと治らないままなんだ、 毎晩霊刀振り回して、 夜は何度2階に行こうと思ったかわからないよ、 でも我慢してるでしょ、 好きじゃない振りしてるでしょ、 まだ1カ月あるけど、先にご褒美がほしいよ、
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加