第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

39/222
前へ
/2550ページ
次へ
それに気付いてしまったアタシは、会ったコトもないマジョリカの笑い声が聞こえた気がして、心も感情も空気が抜けて空っぽで、小さなフォーク一本が重くて重くてたまらなくって、床にそのまま落としたんだ。 ジャッキーは一瞬アタシを見たけど、すぐに拾って遠くに投げた。 「大丈夫か?」 ジャッキーの大きな手が涙を拭って、アタシの髪を、頬を、唇を、撫ぜてくれて、そのまま強く抱きしめられた。 長い長い溜息をつきながら、アタシの背中をさすってる。 おかしいな、ずっとこうされたかったはずなのに、アタシの心はスカスカの無のままだった。 「首を見せて、」 ジャッキーは腕をほどくと、ボサボサになった髪を丁寧に後ろにやった。 そして息がかかるくらいに近づいて、アタシの首を指で触りながら隅から隅まで見て……ドキッとした。 空っぽなはずなのに、首にキスしてくれないかなぁなんて、ちょっとだけ思ったんだ。 「はぁぁ……良かった……どこも傷ついてない……」 それだけ言うと、コイツはまたアタシを抱きしめた。 あんなに身勝手でヒドイ事をしたというのに。 アタシにケガがないか心配してくれる。 死ぬ事は怖くないクセに、アタシが傷つくのは怖いのか。 ヘンなの。 時計の針の音だけがリビングに響いてて、ジャッキーの腕に抱かれたままのアタシは、時折心の中で「イチニイサンシイ……」なんて秒針に合わせてカウントを取っていた。 別に意味はないけどね、なんとなく。 それからどのくらい黙ってたんだろ? 沈黙を終わらせたのはアタシのくしゃみだった。 ああ、カッコ悪。 「寒いか?」 ジャッキーの太い腕がアタシの身体を包むように抱きなおし、温めてくれようとしてるのが分かる。 あったかいなぁ。 こんなにくっついたのは初めてで、本当ならもっと嬉しくていいはずなのに、もっと欲情してもいいはずなのに、空になったアタシの心はスッカラカンで、そのくらいじゃあ、どうにもこうにも響かなかった。 返事もしないでぼんやりしてた。 頭の中には関係のないコトばかりが浮かんでは消えていた。 夜は冷えるなぁとか、明日は訓練休みたいなぁとか、あと3日したら一人のアパートに帰るのかぁ、とか。 もうだいぶ遅い時間だな、ジャッキー寝なくていいのかな。 二人ともこのテンションだし明日はホントに休みたい。 アラームかけずに眠ってたいな。 すごく身体がだるいんだ。 「弥生、」 なぁに? 返事をする気はあるんだけど、なんだか疲れて声が出ない。 分かってる、もう寝るんだよね? 気にしないで先に寝て? アタシのコトは放っておいて。 眠たくないんだ、もう少しぼんやりしてるから。 今後の事を考えたいんだ。 そう答えたいのに、やっぱり声が出なくて、もういいやって思ったの。 このまま返事をしなければ、そのうち諦めてくれるだろうって。 そしたらさ、コイツは一体ナニを考えてるんだろ? いきなりアタシを抱き上げたと思ったら、 「2階に行くぞ。つかまってろ」 って歩きだしたんだ。 いろいろ言葉が出なかった。 とりあえず、生まれて初めてだよ。 これがお姫様抱っこというものなんだな。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加