第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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「もう少しだけ、早く会えたら違ったのかな?」 アタシが初めてジャッキーと会ったのは2年前の9月の初めだ。 マジョリカとジャッキーが出会ったのは、前の月の8月8日、ジャッキーの誕生日だったと言っていた。 その差はたったの一カ月。 順番が逆だったら、今のアタシは心から笑えていたのかな? そんな”もしも”は考えても意味がない。 ましてやそれをジャッキーに言っても仕方がない。 それでも不満や不安をぶつけて良いと言ってくれたジャッキーを信じてみた。 「ん……順番が逆でも、結果は今と一緒だよ」 ごめんね、とでも言いたげな顔が薄闇に浮かぶ。 「どうして?」 マジョリカよりも先に出逢っても、アタシを選んでくれないの? 納得がいかなくて食い下がる。 するとジャッキーは、 「だってね、マジョリカに出逢う前の自分は何も持っていなかったんだ。両足を失って同時にスタントマンでなくなって、職も、金も、自信も、やる気も全部失くしてしまった。再就職も失敗して家族に迷惑かけて、何年も引きこもって現実から逃げていた。身なりもなにもどうでも良くて、汚い中年そのもので、あの頃の自分を弥生が見ても、一瞥して興味すら持たなかったと思うよ。なんなら当時を霊視してみるといい、引くから」 と肩をすくめた。 ジャッキーが元スタントマンだって事も、元引きこもりだって事も聞いていた。 わざわざ過去を霊視(みる)まではしなかったけど、ジャッキーが吹き替えた映画やドラマは全部、繰り返し何度も何度も見た。 顔は映っていないけど身体はやっぱりジャッキーで、それを見たアタシにはすぐに分かったんだ。 映像の中でのジャッキーは、ビルの窓から隣のビルに飛び移り、高い崖から海に向かってダイブして、走行中の電車の上をバイクで走り挙句そこから飛び降りた。 よく生きていてたと思うくらいのスタントで、怖いと思う反面、その度胸と強さと美しさに強烈に心奪われた。 引きこもりになったジャッキーがどれだけ変わってしまったのかは、知らない。 「あの頃外に出れないから髪も伸ばしっぱなしでね、それが似合わないんだ。ヨレヨレのTシャツに着古したジャージばっかり着ていた。日中は引きこもり夜中から明け方に、人の目を避けるように近所を徘徊してた。40の誕生日に悪霊達に殺されて、その足で黄泉の国へ逝ったんだ。マジョリカが伸ばしてくれた光の道を渡ってね」 ジャッキーの口から”マジョリカ”の名前が出るたび、アタシの胸はチクチクと痛むんだ。 それは名を口にするたび微かに笑うからなんだと思う。 泣きそうだ。 「マジョリカは何もかも失った小汚い中年に微笑んでくれた。バカにするでも同情するでもなく対等に扱って、殺された自分を元気づけようと一生懸命になってくれた。現世では何年も地獄の底を這いまわっていたのに、それをたった1日で引き上げ救ってくれたんだ。弥生と初めて会ったあの日の自分はマジョリカに変えてもらった自分だ。それに……自分には元々霊力がない。マジョリカを通して出会えた別の恩人から、霊力(ちから)を借りてるんだ。悪霊4体の前に防御陣を張れたのもマジョリカがいたからだ」 なんだよ……ぜんぶマジョリカの手柄かよ、 アタシがアンタに惚れた夜も、初めて出逢った二人だけの思い出すらマジョリカのおかげかよ、 ダメだ、 もうやだ、 誰か助けて、 辛くてたまらないよ ____5
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