第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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◆ 17時15分。 株式会社おくりびの終業時間だ。 社長とユリちゃんに「お先に失礼します、また明日」とご挨拶した僕と、「ユリちゃん、今日会えて良かったよ、今度は飲みに行こうね! もちろん誠抜きで!」と軽口を叩く弥生さん。 背中では社長が何か騒いでいたけど、「放っときゃいいよ」と言う大先輩の指示に従うコトにした。 10分後。 僕と弥生さんは、そこそこ混んだ電車の中にいた。 本当なら帰りは沿線違いで、駅についたら「また今度」となるはずなのだが、僕はいつもとは違う電車、弥生さんにとってはいつもの電車に乗っていた。 今夜は弥生さんのアパートに招待されたのだ。 夕飯を一緒に。 弥生さんは僕に、ジャッキーさんのレシピ通りのビーフシチューを作ってくれとリクエストして、そのくらいお安い御用ですという流れ。 女性の一人暮らしのアパートに、男の僕が、しかも単独で行っていいものか……と、一瞬迷ったけど、なんてったって僕なのだ。 実質心配はなにもない。 弥生さんさえ気にならなければ問題はないだろう。 それに……この人は昼間したたかに頭を打ってる、もう大丈夫だとは思うけど、なにか異変があれば僕が対応できる。 ジャッキーさんにも言われてるし、夜までいて何もなければ安心だ。 弥生さんの住む町は、偶然にもジャッキーさんと同じ東京都K市だった。 ジャッキーさんの家から弥生さんのアパートまでは徒歩圏内。 例の悪霊のいた廃ビルは、二人の家の中間あたりにあるらしい。 会社のあるT駅から乗り換え二回で38分。 K駅に着くと、僕と弥生さんは二人でスーパーに寄り、シチューの材料と、それからデザートの甘いもの、そしてビールを数本(これは弥生さん専用。僕は飲めないし)を買った。 途中、弥生さんは「肉はもっと良いのにしようよ!」と騒ぎ出し、それに対して「安くたって美味しくなるから! ジャッキーさんのレシピと僕の腕を信じて!」と説得し、特売の安い肉を手に取った。 それを横目で見ながら「絶対に美味しく作ってよね!」と唇を尖らせる弥生さんが可愛くて、絶対に唸らせてみせると拳を握ったのだ。 ふふふ、なんだかすごく楽しい。 今僕に好きな女性(ひと)はいないけど、もしこの先カノジョができたらこんな風に二人でスーパーで買い物して、一緒にゴハンを作ったりしたいなぁ。
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