第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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二人で笑った後、今度は少し真面目な話になる。 それは、 「ねぇ弥生さん。ジャッキーさんに、その……ジャッキーさんの子供が欲しいって話はしたの?」 僕がそう聞くと、「うん、した」と小さな声で答えてくれた。 「会社で話したじゃん、『一生好きでいろ』って言われたって。その後はさ、相変わらず『自分、既婚者ですから』は言い続けてたけど、たまには外でゴハン食べたりしてたんだ。アタシが好きって想ってるコト以外、付き合い自体は仲の良い友達みたいな感じで、割とうまくいってたの」 弥生さんはビールを一口ゴクリとやって話を続けた。 「最初に言ったのは5年前だよ。どうやって切り出して良いか分からないから、軽いノリで『最近子供が欲しいんだぁ』なんて言ったんだ。結構緊張したのに、ジャッキーの反応は『ふーん』しかないし、話は広がらないし……大失敗だった」 「まぁ、それはねぇ。弥生さんがそう言えば薄々分かると思うけど……奥様いるし簡単にOKとは言えないよ。ジャッキーさんも、そりゃ濁すしかないよね」 悪い男なら、それにつけこみ弥生さんを弄ぶかもしれない。 責任も取らずにオモチャにされる可能性だってある……ジャッキーさんは、それをしない。 「そうだよねぇ。それに順番もおかしいなって思ってさ。子供を考えるなら、まずはマジョリカとだよなぁって。……そう考えたら……アタシバカだからさ、そのまま言っちゃったんだ。そしたらアイツ淋しそうな顔して『それは難しいよ』って言ったの」 弥生さんは残りのビールを飲み干して、新しく缶を開けた。 それもゴクゴクと半分くらい一気に飲むと、はぁっと息を吐く。 「死者はね……新しい命を造る事は出来ないんだって、後から先代に聞いたんだ。もしも子供を望むなら、生まれ変わって生者になるしかないって。……霊媒師のクセに、ちょっと考えれば分かる話じゃんね。……ジャッキーを傷付けた。そう思ったら、それから子供が欲しいって言えなくなっちゃった。そりゃ欲しいけどさ、簡単な話じゃない事くらい分かってたし。だから一度は諦めたの」 「そうなんだ……じゃあ、なんでまた子供が欲しいって思ったの?」 「ん……やっぱりジャッキー好きだもの。一生好きでいろって言われたら、言われなくてもそうだよって言えちゃうくらい。だけどアイツはマジョリカのものだ。本当は既婚者だってだけで無条件で諦めなくちゃいけない。そんな事は分かってる。だけど駄目なんだ。理屈じゃ分かってるのに、心がどうしても言う事聞いてくれない。一度も抱き合った事もないのに、それどころかずっと拒まれてるのに……あはは、なんかアタシ、ヤバイ女みたいだな」 僕はなんて言っていいか分からなかった。 好きだと想う気持ち、これは相当に厄介で、深ければ深い程制御は難しい。 恋愛ポンコツの僕でさえ、その理屈は知っている。 弥生さんもきっと、制御したくても出来ない状態になっちゃったんだろうな。 「7年ずっと好きで、そのあいだ何人かの物好きから、付き合いたいって言われた事もあったんだ。結婚前提でなんて言ってくれる人もいた。もう流されちゃおうかなって思った事もあったけど、その人達……当たり前だけどジャッキーじゃないんだよね。そんなんで付き合うのも失礼だ。もうそんだけ好きだったら、彼氏とか結婚とか子供は諦めようって。一生片想いしていようって思ったんだけど……」 だけど……? 何があったの……?
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